第1章 ⑲


「夜分に申し訳ない。誉さやか君、君を呼び出したのは他でもない。ぜひとも君に担当してもらいたい重要な事案が発生した。内容については、解説も含めてマイクから聞きたまえ」


 マイクとファーストネームで呼ばれたコーガン警備部長は、ワイシャツの胸のポケットに入った老眼鏡を取り出すのに苦戦しつつ、目の前に動画ブラウザを空中投影させた。

 さやかの網膜投影式ブラウザも連動して自動起動し、動画の詳細な情報がアップされる。

 タイトルは――「戦略生体兵器『さくら』」。


(──戦略生体兵器!)


 目を見開いたさやかにコーガン警備部長は、重々しく頷いた。


「戦略生体兵器『さくら』。これを取り戻す事が今回の君の任務だよ。まず、現在の状況を簡単に説明すると――」


「待って下さい! これって……これって、クアラルンプール条約違反なんじゃ――」


 思わず声を荒げたさやかをコーガンは、苦笑いと共に手で制する。

 朴訥一辺倒のアイルランド系の蒼い瞳が「分かり切った事を言うな」とでも言うように静かに微笑んでいた。


「無論、これが何を意味するのかを僕らだって分からない訳じゃない。だからこそ、僕らには時間が無いのさ。だから、条約云々は後回しにして、まず先に状況を説明するよ。いいかい?今日の午後――」


 そう言いつつ、コーガンが動画の再生を始める。

 画面に、このオフィス区画の端の方にある実験棟と呼ばれる個所のゲートから、次々と四輪駆動車が吐き出されて行く映像が現れた。

 三台目の四輪駆動車の後に出て来たバンの映像をコーガンの太い指がタップする。


「これが『さくら』を乗せたバンだ。最終目的地までは言えないが、僕達は『さくら』を移動させるために車列を組んで新潟港を目指していた。車列は、旧習志野市から高速道路湾岸七号線を北上して順調に進んでいたよ。だが、丁度、この辺り……旧船橋市に入った辺りだね。車列は、ここで襲撃を受けた」


「襲撃?」


「そう。しかも、目立つのを嫌って軽装備で車列を組んだのが裏目に出た。装甲車か無人戦闘車が一台でも居れば違ったんだろうがね」


「じゃ、じゃあ、『さくら』は――――」


 思わず声を震わせたさやかに目の前の二人の役員は頷いた。


「だが、『さくら』を連れ去ったのは、襲撃者ではないんだ。襲撃者は、駆け付けた応援部隊が追い払ったよ」


「?」


「彼女を連れて行ったのは、もっと厄介な人物さ」


 コーガンの指が別の画像を空中に投影する。そこに浮かび上がったのは、一人の男子学生のバストアップ画像。さやかの脳裏にエマの顔が浮かんだ。


「『音速斬撃ソニック・ブレイド』――篠塚夏彦。この学校の、否、我らがパシフィック・サーバントが誇る最強の戦術生体兵器だ」


「篠塚……夏彦…………か」


 コーガンが説明を始めて以降、目をつぶってその話を聞いていた漆原がぽつりと呟いた。


「懐かしい名前だ……。復員後、関東の学校に進学したと風の便りに聞いていたが、まさか、君らの学校の生徒だったとはね」


「閣下は、彼と面識が?」


 眼鏡を拭う手を止め、身を乗り出したマクドウェルに漆原は、しばし宙を見据えた後、寂しげに微笑んだ。


「向うは、覚えちゃおるまいよ。しかし……。そうか、元気でいてくれたか…………」


 漆原は、そう言うと「どうぞ」とばかりに手のひらで目の前の二人に話の続きを促し、再び目を閉じる。

 小さく肩を竦めるコーガンにマクドウェルが頷いて先を促した。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る