第6話 オデカケ大作戦

第六話 オ出カケ大作戦

カーテンから差し込む朝の日差しがやけに眩しい

 昨日の戦闘が嘘だったかのように街は穏やかだった

 昨日の帰りに桜に言われたことを思い出す

 『じゃあ、明日駅前に9時集合ね!今日みたいに遅刻しちゃだめだよっ!』

 スマホの時計は7時を指していた

 完璧である、今日の俺は冴えてるのかもしれない

 顔を洗い、歯を磨いて服を着替える

 おしゃれな服など持っていないので着心地の良い灰色のパーカーとダボダボのズボンを履く

 肩に下げるタイプの鞄を持って家を出た

 8時半ごろに桜はやってきた

「え!?悠翔くんが私より先にきてる…今日雪でも降るんじゃない??」

 白いシャツに首元に細いリボン、丈の少し短いスカートに黒いタイツ、ローファー、ブラウンのチェック柄の上着を少しダボっと着ていて、頭にはつばつきのベレー帽をかぶっている

 桜の雰囲気と相待ってとても似合っていた

「まぁ…1時間前から待ってたからな」

 俺は得意げに鼻を鳴らす

「じゃあ今日はいっぱい遊べるねっ!」

 桜がえへへと笑う

「今日は楽しませてあげるから覚悟しててね!」

 桜は得意げな顔をしている

「じゃあついてきて!まずは映画館に行きますっ!」

「映画か…何系?アクション?」

「違うよ〜今日見るのは”恋するペンギンの恋愛ラブストーリー物語”だよ!」

「…なんでそんなに頭痛が痛いチゲ鍋サハラ砂漠みたいな題名なの?」

「あ〜さては悠翔くん面白くないんじゃないかって思ってるでしょ…レビューめっちゃ良いんだからね?評価4.8だし、ラストがめっちゃ泣けるんだって!」

 桜はスマホを見ながら自身げに胸を張った

 俺苦笑する

 休日の街はたくさんの人で賑わっていた

 人々の喧騒、学生カップル、親子連れ

 映画館につきチケットを買う

 桜は大きなキャラメルポップコーンを、俺は両手に2人分のジュースを持って席につく

「桜…流石にそのポップコーンは量多いんじゃない?」

「大丈夫っ!絶対食べ切れるもん!それに余ったら悠翔くんに食べてもらうから!」

 桜は自慢げに微笑む

 照明が落ちた

「あっ!始まるよ!」

 暗闇の中スクリーンが淡く光を帯び、南極の氷原が映し出される

 小さなペンギンたちの中に主人公のペン太が混ざりよちよちと歩いている

 映画館のあちこちからクスッとした笑い声が溢れている

 隣にいる桜の顔を見てみるとペンギンたちを見て目を輝かせていた


 開始5分

 俺は早くも悟った

 眠い…眠すぎる…映画館の絶妙な暗さとほんわかBGMによって俺は夢の世界へ誘われようとしていた

 しかし恐らくこの映画が終わったあと桜との感想の共有が待っている、ここで映画の内容を記憶していなければ俺は1000円(映画代)を払って良質な睡眠を手に入れただけの腐れ外道になってしまう、俺は手の甲をつねりながら耐える、なんとかこの眠気に勝たなければ…

 開始1時間

 眠気は治ってきたがなんだか映画の内容が子供向けではなくなってきている、俺は土曜の昼ドラでも見ているのだろうか

 それにつれて桜の表情は柔らかかったものから真剣な眼差しになっていった

 画面の中では白熊によって蹂躙されるペンギンたち

 やつに殺されるくらいなら君に殺された方がマシだ、そう言い放って想い人に胸を刺されるペン太

 想い人も自ら命を断とうとしたところ虫の息のペン太に止められる

 “君は本当に泣き顔が似合わないな…”

 ペン太の声で映画は幕を閉じる

 エンドロールが終わり伸びをして桜の方を見ていると

 桜は目から溢れる涙という涙でびしょびしょになっていた

「ペン太ぁ…グスン…ペン太ぁ…」

 ポップコーンの容器は空になっている

 まさか本当にあの量を1人で食べ切ったようだ

「大丈夫か…?とりあえず外に出よ…」

「グスン…う、うん…」

 映画館から出るとちょうど12時になろうとしてるところだった

「このあとどうする?」

「ゔっうぅ…ごのあどはっ…グスン…づいてきて!」

 桜の目から溢れる涙は止まらない

 桜に引っ張られやってきたのは小さいおしゃれなカフェだった

店員さんがやってくる

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 俺はメニューを見ながら注文する

「じゃあ俺はアイスウーロン茶とサンドイッチセットで、桜は…」

 桜はまだボロボロ泣いている

「ゔぅっ…ホットココアと…キングストロベリースーパージャンボパフェで…」

 俺はドン引きした

 この女さっきあれだけポップコーンを食べたのに次はキングストロベリーなんたらまで食べようとしているのか…恐ろしい

 数分後桜はどうやら泣き止んだようだった

「……ペン太…2人は幸せだったのかなぁ…」

 桜が涙目で語る

「2人の再会シーン…よかったなぁ…」

店員さんがきた

「ご注文のキングストロベリースーパージャンボパフェとホットココア、アイスウーロン茶にサンドイッチです!」

 お皿が運ばれてきた

 桜がパフェを一口頬張る

 さっきまで暗かった表情がぱあっと明るくなった

 やはり桜は泣いてる顔より笑ってる顔の方が似合ってる

「このパフェめっちゃ美味しい!!悠翔くんも食べる?」

「いや…苺って野菜じゃん…俺はいいよ…」

 桜は口を膨らませる

「え〜ほんとに美味しいんだよっ!このクリームのとこだけあげるねっ!はい!あーん」

桜から向けられたスプーンを俺は頬張る

「…おいしい…」

「でしょっ!」

 そう言って桜は笑う

 先ほどまでペン太の死に号泣していたとは思えないほどの回復力だ

 俺はサンドイッチを一口かじる

 ゆっくりとした時間が流れる

 たまにはこういう日もありなのかもしれないな…

 窓の外を眺めると昼下がりの日差しの中子供が風船を持って走っている

「ごちそうさまでしたっ!」

 気づくと桜はあの巨大なパフェをペロリと平らげてしまっていた

「悠翔くんっ!食べ終わった?次は電車に乗ってちょっと遠出するよ!」

 俺は移動の支度をしながら桜に聞いた

「電車って、一体どこに行くんだ?」

「えへへ〜それはね…」

 目の前に巨大な水槽が広がる

 桜に連れてこられたのは海辺の大きな水族館だった

 桜は水槽に顔を張り付けながら魚を睨みつけている

「あり、なし、大あり、なし、なし、あり、あり…」

「桜…何してるんだ?」

 桜はこっちを向いて真剣に答えた

「塩焼きにして食べれそうなやつを選別してたんだよっ!あとここ深海魚レストランがあって珍しい生き物食べられるんだってっ!!!」

 桜は嬉しそうに笑っている

 一体この女はどれだけ食べれば気が済むのだろうか

 俺はもう先ほどのサンドイッチセットで限界だというのに…

 水族館を進むとクラゲエリアに来た

 桜はこういう暗い場所が苦手だったはずだが…

 桜の手が俺の右手に触れる

「悠翔くん…手…繋いでくれない?」

「…」

 俺は割れ物を触るかのように優しい手つきで桜の手を握った

 クラゲが水槽の中で宝石のように煌めいている

「綺麗…」

 桜は目を輝かせている

 まるで好奇心旺盛な小学生のようだった


 沈む夕日に照らされながら俺たちは水族館の近くの海辺に来ていた

 桜はローファーとタイツを脱ぎ裸足で海水に浸る

「きゃっ!悠翔くんもおいでよっ!水が冷たくてきもちーよっ!」

 俺は少し笑いながら

「靴を脱ぐのが面倒だから遠慮しとくよ」

 そう言って堤防に座りながら桜が水辺で遊んでいるのを見ていた

 座っているとなんだかカサカサと音が聞こえる、見てみるとそれはフナムシだった

「フナムシか…」

 俺はそっとフナムシを手のひらに乗せ指でつついた

「お前も大変だなぁ…」

俺はフナムシに語りかける

「毎日波に攫われるかもしれない恐怖に怯えて、逃げて隠れて生きていくのって忙しいよな…」

 フナムシはそうだよと答えるかのように動きを止める

「俺も特制局に入ったから、昨日みたいに何度も死にかける経験をするかもしれない」

 俺はフナムシを見て笑う

「でも、今日みたいに桜が笑って過ごせる日を守れるなら、少しくらい忙しい毎日だって、いいのかもしれないな…」

 そう言って俺はフナムシを食べた

 前半は味がなく後半に続くに連れて少ししょっぱいかなというのが感想だった

 やはり自然の生き物は生で食べるものではない

 桜がこっちに駆け寄ってきた

「見て見てっ!めっちゃ綺麗な貝殻見つけた!」

 桜は満面の笑みだ

「ったく….小学生みたいだな…」

 そう言って俺たちは笑い合った

 波の音が静かに打ち寄せ、日が沈みゆく

 桜の笑い声が風に溶け海辺に広がってゆく

「日も暮れてきたしそろそろ帰ろっかっ!」

 桜は足を拭きタイツとローファーを履きなおし、貝殻をポケットにしまう

「その貝殻持って帰るのか?」

「うんっ!今日楽しかったから!思い出にっ!」

 桜はえへへと笑った

「いや〜明日から学校か〜めんどいな〜」

「でも明日なんか転校生くるらしいよっ!」

 初耳である

「転校生か〜、お願いだから静かなやつが来るといいな〜」

 そう言って桜と帰路に着く

「悠翔くんっ!今日はありがと!また遊びに行こっ!」

 俺は笑いながら

「次休日がいつ来るかわからないけどな…」

 桜はニコッと笑った

「やった!じゃあ次はね…」

 桜が話ながら笑う

 俺はその隣で、そっと心の中でつぶやいた

 この日常が、少しでも長く続きますように

 

 

 

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