魔王、モーニングを嗜む〜討伐されるその日まで〜
楽 白千
第1話 いらっしゃいませ!
我が魔王と呼ばれたのは、いつからだ?
我はそのような大層な者ではない。
ただ、弱き者に与え続けただけだ。
何百年も、何千年も。
嗚呼、そうか。我は世界の均衡を崩した大罪人であるのか。
もう良い。ただ人の住まわぬ山の頂にひっそりと暮らしていただけだ。弱き魔物よ、我のことなど護らなくても良い。
魔王討伐部隊の、勇者一行が旅立ったと風の噂で聞いた。力を得て、実力を伸ばした魔族が、勇者一行と激突していると魔物から報告を受けた。魔王“サニー・ヨルノ”は、その度に肩を落とし、項垂れる。オールバックに固めた金髪を掻き上げるように撫でながら、顔を上げる。金の双眸が見据える先には、報告した下級の魔物だ。目が合うと、ビクリと肩を跳ね上げ、ブルブルと震え、「すぐに倒して参ります!!」と言い残して去っていった。
「いや、そういう訳では……。まあ良い……勝手にしろ」
声は届かずただの独り言となる。サニーはゆるりと立ち上がり、先程の魔物に「魔王様、落ちてらっしゃいますヨ」と肩に掛けられた漆黒のマントを、ゴツゴツと装飾が施された椅子の背に掛ける。祭り上げられるままにこうなってしまったのだが、後悔するのも面倒であった。朝日が魔王城と呼ばれてしまった此処を、煌々と照らす。この時間は特に退屈だ。この辺に住む魔物のほとんどが夜行性で、夜が苦手なサニーとは生活リズムが合わない。色々と脱ぎ捨てながら歩を進め、ワイシャツ、黒のスラックス、革靴と、もし彼が現代日本にいたら、最早海外企業から出張してきたサラリーマンにしか見えない。
やがて、目の前に鍵付きの重そうな扉が現れた。魔物が好き勝手に集めた金銀財宝が集まる宝物庫だ。魔王様の側にあれば誰も取り返しに来ないと踏んだのだろう。自分の周りがごちゃごちゃごたごたごてごてしていくのが嫌で、適当に放り込んでいた。そのせいで、『魔王の命令で魔物が人々から宝物を奪った』とされているのだ。右手でポケットを探り、鈍く光る鍵を取り出す。
「う、おっととと」
鍵が手から滑り、慌てて両手を出したものだから鍵は勢いよく跳んで行ってしまった。音の鳴った方へ歩くと、本棚の下、薄暗い中に光るものが見えた。
「危ない危ない……」
今度はしっかりと握り、再び宝物庫の前へ。きっと手狭になっているであろうこの部屋を、こっそりと片付けようと考えていたのだ。鍵を穴へ挿す。
「……ん?くっ、この」
いつもより回りにくい。錆びているのだろうか。慎重に、しかし大胆に鍵を回す。
鍵が一回転したその瞬間、右手に電撃魔法を食らったような衝撃が走った。サニーは飛び退いて防御魔法を発動させる。中に誰かいるのだろうか。それとも、アホな魔物が罠を仕掛けたのか。警戒を解かぬまま、扉のノブに手を掛ける。
「……何も起こら……──」
扉を引き、隙間が見えたかと思うと視界が真っ白になる。一瞬、頭痛に襲われた。耳鳴りも酷い。
──さっきから、何が起こっているのだ!
背中を冷や汗が伝う。いつの間にか、扉から手を離していた。自身がその両手を頭に当てているからだ。長い長い耳鳴りが止み、ゆっくりと目を開け、立ち尽くした。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
サニーの目の前に、女?が一人。
頭のてっぺんで結ばれた黒髪を揺らしながら、こちらへ近づいてくる。一瞬構えそうになったが、その手に持っているのは小さな紙とペンだ。装備も全て布で、黒いエプロンから覗く白い上衣や青いズボンも頼りない。少なくとも、勇者の刺客などではない。
「……1?」
何を馬鹿真面目に答えているのか。しかしこの魔王、いちばん面倒ではないことを選ぶのだ。今はこの状況に身を委ねるしかない。女に導かれ、小さな机と椅子に辿り着いた。
【続く】
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