第4話 五年後
五年が経った。
あの頃の私からは、別人のようになっていた。
仕事も変わった。
転職した。
今の職場の方が、やりがいがあった。
友人関係も変わった。
大切な友人たちができていた。
恋愛も。
今、私には彼がいた。
彼との関係も良好だった。
人生が、色づいていた気がした。
その日、私はカフェに行った。
五年ぶりに、「Solitude」に。
懐かしい空間。
あの頃の自分を思い出させる場所だ。
「いらっしゃいませ」
店主が、同じように迎えてくれた。
「覚えていてくれたんですか?」
「もちろんです。いつもの席ですね」
同じ席に座った。
カフェラテとシナモンロール。
同じ注文だ。
でも、窓の外の見え方が、違って見えた。
それは、自分の目が変わったからだ。
その時、向かいの席に、誰かが座った。
「こんにちは」
それは、五年前の自分だった。
「あなた...」
「私です。五年前の私です」
「何故ここに?」
「あなたに、ありがとうを言いに来ました」
「ありがとう?」
「私を止めてくれてありがとう。あの時、あなたが現れなかったら、私はこんなに幸せになれていません」
五年前の私は、涙を流していた。
「それは...」
「タイムパラドックスですか?」
「かもしれません。でも、ここではそういう法則が通用しないんだと思います」
「何故このカフェは?」
「それは、誰かが作った場所だからです。失った人が、もう一度自分に会うための場所」
「失った人?」
「人生を失った人。時間を失った人。愛を失った人。そういう人たちが、この場所に導かれるんです」
五年前の私はそう説明した。
「では、あなたは何をしに来たんですか」
「私の過去に会いに来たんです。そして、確認するんです。あの時、あなたが来てくれたことが、本当だったのか」
「本当です」
「良かった」
五年前の私は、消えた。
その後、何も起こらなかった。
ただ、カフェラテが冷めているだけだった。
でも、私は知っていた。
あれは現実だったのだ。
時間の流れの中で、起こったことだったのだ。
店主が、会計を持ってきた。
「ありがとうございました」
「ここはいつも、こういう場所ですか?」
「そうですね。ここは、もう一度自分に会いたい人が来る場所です」
「何故ですか?」
「人生というのは、時々、立ち止まる必要があります。自分を見つめ直す。別の選択肢を考える。そういう時に、この場所が機能するんです」
「不思議なカフェですね」
「そうですね」
店主は微笑んだ。
「あなたは、もうここには来ないと思います」
「何故ですか?」
「あなたは、もう立ち止まる必要がないから。あなたは、前に進んでいます」
その言葉に、私は納得した。
カフェを出る時、窓の外を見た。
街は、光に満ちていた。
人々は、目的地に向かって歩いている。
その中に、私も歩もうと思った。
もう、逃げるのではなく。
前に進むために。
彼も、友人も、仕事も。
全部が、私の人生だ。
その人生を、歩もう。
カフェの扉を閉じた時、何か感覚が変わった気がした。
もう、このカフェには来ないだろう。
でも、その必要もない。
何故なら、私は既に、自分と和解したから。
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