E.G.I.S

@Kurosaki-Ryu3

第1話 空は落ちる

「……そ、とへ……」


掠れた声が、自分のものではないように響いた。

一歩、また一歩と、太陽の下へ。四年ぶりの世界は、あまりに眩しく、うるさく、情報量に満ちていた。


新宿駅東口。アルタビジョンのけたたましいCMソング。他人と肩がぶつかる感覚。健司は、人混みという激流に放り込まれた木の葉だった。何もできない。どこへ行けばいいのかも分からない。ただ、圧倒されている。

部屋に飽きた。だから、出てきた。

その先は、何も考えていなかった。


「……空だ」


ビルの隙間に、鼠色の空が見えた。部屋の天井とは違う、本物の空。それが見られただけでも、出てきた価値はあったのかもしれない。そう思った瞬間だった。

首筋に、ちくり、と小さな痛みが走った。

蚊にでも刺されたか。そう思って首に手をやったが、何もいない。だが、痛みがあった場所から、何かが急速に体内を侵していく感覚があった。熱い。頭が割れるように痛い。視界がぐにゃりと歪む。


「う、ぁ……?」


人々の悲鳴が聞こえた。何事かと見回すが、誰も彼もが健司を見て叫んでいる。違う。俺じゃない。俺は何もしていない。

そう叫びたかったが、喉から出たのは獣のような咆哮だった。

骨が軋む。皮膚が裂け、内側から硬質で禍々しい何かが突き出してくる。パーカーは弾け飛び、筋肉が異常な速度で膨張していく。彼の意識は、急速に白く塗りつぶされていった。


『生きたい』


最後に残ったのは、その純粋な欲求だけだった。部屋に飽きて、ただ生きたいと願って街へ出てきた男の、最後の理性だった。だが、その願いは、肉体の生存本能という津波に飲み込まれていく。

『危険』『排除』『生存』

思考が単純な記号に置き換わっていく。目の前にいる無数の人間が、全て『脅威』に見えた。


ドォォン!!


健司だったモノが、近くのドラッグストアのガラスを叩き割った。全長は三メートルを超え、全身は昆虫のようでもあり、甲殻類のようでもある、キチン質の外殻で覆われている。人間の面影は、苦悶に歪んだ顔の中心部に辛うじて残っているだけだった。


新宿の街は、一瞬で地獄に変わった。

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