第4話:闇魔法使い、休む。
「さあ、ルシエル。今日のことは従者に共有してあるわ。私の城の部屋はルシエル用に作っているから、安心して。」
セリアは軽やかに言った。
それに反してルシエルは視線を逸らす。
「いや...さすがに死刑を回避したとはいえ、闇魔法使いが皇女の城に住むなんて、そんなわけにはいかないよ。」
言いながら、彼はローブの裾を翻し、馬車の外へ足を向けた。
「ルシエル!」
セリアの呼び止める声が背を打つ。
彼は立ち止まったが、振り返らない。
「僕は先にヴァンシャル牢獄へ行ってくるよ。そもそも僕は牢獄へいなければいけない罪人だ。」
「罪人?あなたは何の罪を犯したというの?」
セリアの声が震えた。
「自分の生まれを責めるなんて、そんなの間違ってる!」
ルシエルは静かに息を吐いた。
「……でも、闇を持つ者がこの国で生きるのは、それだけで罰みたいなものなんだ。」
セリアは一歩、また一歩と彼に近づく。
「それでも、私はあなたを城に迎える。
あなたを罪人だなんて思ったことは一度もないわ。」
その目は真っ直ぐだった。
皇女としての威厳でも、同情でもない。
ただ、ひとりの人間としてのまっすぐな信頼が宿っていた。
ルシエルはその視線に耐えきれず、目を伏せた。
「……君って、ほんと強いね。」
小さく笑って肩を落とす。
「分かったよ。ありがとう、セリア。ただ、一晩だけ...ありがとう。」
セリアはようやく笑みを取り戻した。
「もちろん。一晩だなんて言わず、いくらでもいていいのよ。」
「セリアには敵わないよ。」
ふたりの間に、ようやく柔らかな空気が戻った。
夜の帳が降りはじめ、城の灯りが遠くで揺れる。
「ルシエル様、お待ちしておりました。お久しゅうございます。」
セリアに連れられて、城へ入るとセリアの侍女であるエマがそこにいた。
すでに自身が闇魔法使いであることは共有されているのだから、城の従者から嫌がられることは覚悟の上だったが、昔のように笑顔で迎えてくれるエマの姿に少しほっとしていた。
「今日はありがとうございます。よろしくお願いします。エマさん。」
「ご案内いたします。」
案内された部屋は、白と銀で整えられた清らかな空間だった。
窓の外には、ハイリスの街灯が遠くで淡く瞬いている。
ルシエルは暖炉の火を見つめながら、ぼんやりと息をついた。
「……こうして部屋で休むなんて、久しぶりだな。」
宮廷魔法使としてほぼ休みなく働いていたルシエルにとって、今、目の前で揺れる炎の温もりが、まるで夢のように感じられた。
扉がそっと開く音がした。
セリアが静かに入ってきた。
白いナイトドレス姿の彼女は、昼間よりも柔らかい印象をまとっていた。
「眠れそう?」
「うん……でも、なんだか落ち着かないんだ。」
ルシエルの答えに、セリアは少し笑った。
「ふふ、確かにお父様がルシエルが休みなく働いているっておっしゃっていたわ。」
「久しぶりにゆっくり休んでちょうだい。」
そう言いながら、彼の隣に腰を下ろす。
ふたりの間には、わずかに手が触れるほどの距離しかなかった。
「ねえ、ルシエル。」
「ん?」
「あなたは……もし、闇を持たずに生まれていたら、何をしたと思う?」
ルシエルは少し考え、静かに答えた。
「たぶん、平凡な魔法使いになってたと思う。
毎日を穏やかに過ごして……誰かの役に立てたら、それで満足だった。」
彼の横顔に、セリアは切なげな笑みを浮かべる。
「今のあなたも、誰かの役に立っているわ。……私にとっては、特に。」
ルシエルは言葉を失った。
その声は、あまりにもまっすぐで、優しかった。
「セリア……」
名前を呼んだその瞬間、恥ずかしさからか彼女は目を逸らす。
「もう夜更けね。明日、ヴァンシャル牢獄へ行くのよね。」
そう言って立ち上がろうとしたセリアの手を、ルシエルは無意識に掴んだ。
「ありがとう。今日、君がいてくれて本当によかった。」
その手は、驚くほど温かかった。
セリアはしばらく動けず、静かに頷いた。
「おやすみなさい、ルシエル。」
「おやすみ、セリア。」
扉が閉まり、静寂が戻る。
けれどルシエルの胸には、いつまでも彼女の温もりが残っていた。
それは、闇に生きる彼にとって――
ほんの一瞬の、光のような夜だった。
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