第35話 最後の駆け引き
「白鳥」
放課後急に話しかけてきた赤羽に、一日呆けた顔をしていた白鳥もさすがに驚いて顔を上げた。
「今日は一緒に帰ろうぜ」
「……俺と赤羽が?」
明らかに戸惑った表情を見せる。
(いやこうなるだろ。普通)
赤羽はため息をついた。
当たり前だ。
いつも青木が中心にいたから何となく一緒にいることはあっても、2人で過ごしたことはおろか話したことさえない。
それが青木不在の状況で2人で帰ろうって言うんだから、不信感しかないはずだ。
「――青木は?」
当然の質問が来る。
赤羽は無人の机を見ながらため息をついた。
「用事があるんだと。白鳥の体調が悪そうだったのを気にしてて、送っていくように頼まれた」
少しでも青木の印象をよくする言葉を選ぶ。
「……青木が俺を、そんなに心配してくれてたの?」
白鳥の顔が綻ぶ。
(俺から見ると、緑川圧勝というよりは半々って感じなんだけどな)
男との恋愛経験がないわけではない赤羽は、僅かに首を傾げた。
しかし青木が劣勢だと言い切るならそうなのであろう。否定するつもりはない。
彼が彼なりの信義で動き、明日のジャッジでは無事1位に選ばれてほしいと心から思う。
それがこの実験が始まった当初からの赤羽の願いだ。
勝ってほしい。
勝って生き残って、
そして大事な人たちの元へ帰ってほしい。
そのためになら、自分はなんでもする。
「行こうぜ」
赤羽が白鳥の鞄を肩に掛けると、
「あ、うん!」
白鳥は素直に立ち上がった。
◆◆◆◆
(ありがとう、赤羽)
青木は4階の窓から、ぞろぞろと帰っていく1年生の波に混ざっている金髪と赤髪を認めると、小さくため息をついた。
『――であるからにして、2年の夏に志望校を絞り込むのでは遅いと。そう言う結論に至るわけですね。それでは次のデータを見ていきたいと思います』
多目的室からは、2年生の教師たちによる進路指導の演説が続いている。
緑川も例にもれず、大学受験または就職ガイダンスを聞いているはずだ。
(――未来なんかないのに、ご苦労なこった)
ピリピリと指先が痺れる。
この感覚は久しぶりだ。
自分の中の悪魔が覚醒しているのがわかる。
自分は12人の人間を殺したサイコパス。殺人鬼だ。
その人数が1人くらい増えたってどうってことない。
懸念されるのは、死刑囚を殺してしまったことによるペナルティだが、自分が階段から突き落とされた時も、夜に襲われた時も、桃瀬と黒崎に謎の薬を飲まされた時だって、なんのお咎めもなかったことを考えると、可能性は半々だと思う。
死刑囚を殺すという行為が、他の死刑囚を邪魔する行為に当たるかどうか。これは賭けだった。
さらには緑川が本当に死刑囚なのかという問題。
ただの一般人であれば、殺した瞬間のアウトは免れないだろう。
しかし緑川の言動や態度、そしてタイミング、全てを鑑みると、彼が最後の刺客である可能性は高い。
(とはいっても……殺る前に一度は確かめなきゃな)
多目的室の扉を睨む青木の手には、食堂から盗んだ果物ナイフが握られていた。
◇◆◇◆
「緑川先輩」
昇降口を出て坂道を下り、脇道に入ってやっと一人になった緑川を呼び止める。
「青木……」
緑川は振り返ると、顔を険しくした。
これが恋敵に対する視線なのか、それとも命がけの勝負をしているライバルに対する視線なのかは判断がつかない。
「ちょっと話があるんですけど。いいですか?」
緑川は大きく息を吸いこむと、コクンと頷いた。
◇◇◇◇
場所には、校舎裏の小さな神社を選んだ。
軽く電子マップで調べただけだったが、人通りもなく悪くない。
陽が翳り暗くなった神社で青木は緑川と向かい合った。
(まずはこいつが死刑囚かどうか確かめなきゃ……)
青木は緑川をぐっと見上げた。
「すみません。朝、日誌を取りに行ったまま戻ってこない白鳥が心配で探しているときに、偶然、化学準備室で2人がしていたことを見てしまいました」
「――――」
緑川の切れ長の目がわずかに見開かれる。
「こんなこと言うのはぶしつけかもしれないすけど、俺も白鳥のことが好きです。退けません」
言葉に感情が宿る。
そうだ。
自分だってここで退くわけにはいかない。
茶原と戦い、黄河に騙され、桃瀬と黒崎に襲われ、やっとここまで来たんだ。
俺は勝って家に帰るんだ。
俺のことを諦めて毎日泣いているだろう母さんと、
発端になった自分のことを責めて悲しがっているだろう優しい加奈を、
この手で抱きしめるんだ。
負けられない。
負けるわけにはいかない。
だったら――
(勝つっきゃねーだろ!)
青木は後ろ手に持ったナイフを握りしめた。
「……そうか」
緑川は一旦視線を下げてからぐっと睨み上げた。
「でもそれを俺に言うのは違うんじゃないのか。選ぶのは白鳥だ」
(確かに)
真正面から来た正論に奥歯を噛みしめる。
(でもこの発言……どっちだ?)
なかなか尻尾を見せない。
それとも本当に一般人なのか。
そうであれば自分が焦る必要はない。
今回の実験はあくまで消去法。
7人の中で一番白鳥が好きだった人物が残る。
もう一人の刺客が例えば緑川とは全くの別人の実験に興味がない奴で、はなから参戦する気のないやつだったとしたら、明日のジャッジで選ばれるのは自分だ。
それならそれで構わない。
どっちにしろ自分はこの学園に残る人物ではない。
あとは緑川と白鳥で好きなように過ごしてもらって構わない。
だが万一死刑囚だったら――。
(ここでつぶさなければ負ける……!)
「先輩には申し訳ないんですけど」
青木は切り出した。
「今日、白鳥に会うの延期してもらえないですか?」
「……なんで?」
緑川の眉間にうっすらと皺が寄る。
「今日の白鳥、体調が優れないんですよ。早退をすすめたんですが無理して最後までいたので」
「――――」
「別に話は今日じゃなくてもいいですよね。アイツのことを思うなら、体調がよくなってからにしてあげてくれませんか?」
これが青木が考え出した、死刑囚か否かを見極める唯一の質問だった。
もし一般人であれば、体調が悪い白鳥と無理矢理会うよりは延期を選ぶのが自然だ。
だが死刑囚ならジャッジは明日。
今日なんとしてでも会おうとするはずだ。
(どう出る……緑川!)
青木は緑川を睨んだ。
「――体調が悪いなら仕方ない。話はまた今度にしよう」
緑川はあっさりとそう言うと、小さく息を吐いて人の気配のない神社をぐるりと見回した。
「白鳥には俺の方から断っておく。お前の話はそれで終わりか?」
青木はあっけにとられて緑川を見つめた。
「あ、はい…」
「じゃ」
緑川はそう言うと、スタスタと神社を後にした。
「……マジか」
青木は緑川の足音が聞こえなくなった神社で一人呟いた。
「マジで一般人だった」
しかも今日は白鳥のところへ行かないという。
ということは――
ということは――
「よっしゃああああああ!俺の勝ちだ!!」
青木が叫ぶと、神社に聳え立つ杉並木に留まっていたカラスたちが一斉に飛び立った。
緑川は一般人。
これでジャッジは決まったも同然だ。
スキップでもしたくなるのをこらえながら青木は歩き出した。
勝ったのは俺だ。
生き残るのは俺だ。
俺が――
その瞬間、右わき腹に鈍い痛みが走り、
青木は神社の土の上に倒れ込んだ。
「――なんだ。お前も死刑囚だったのか。早く言えよ」
低い声が上から降ってくる。
「そんなら話が早い」
青木は尋常じゃないわき腹の痛みにのた打ち回りながら、必死に声の主を見上げた。
「かかってこいよ。
そう言うと緑川は両手の拳を握り、ファイティングポーズをとった。
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