第33話 覚醒した殺人鬼


青木と赤羽の少し後に教室に入ってきた白鳥は、大きなため息をと共に席に座ると、肩を落とした。


「日誌を取りに行ったにしては遅かったな」


青木は目いっぱい息を整えながら、白鳥に微笑んで見せた。


「あ。日誌……」


白鳥はそう言うと諦めたように目を細め、そのまま机に突っ伏した。


「…………」


明らかにいつもと様子の違う白鳥に困惑し、青木は赤羽を振り返った。


彼も頬杖をつきながら横目で白鳥を見ている。


「おい、大丈夫かよ?」


青木は白鳥の金色の髪の毛をかき上げた。


「――ごめん。今あんまり見ないで」


白鳥の顔がそっぽを向いてしまう。


「なんで?」


「んー……」


白鳥はこちらにつむじを見せながら小さく言った。


「今日、顔が浮腫んでるから」



「――――」


その耳は、パッと見てわかるほど真っ赤に染まっていた。


◇◆◇◆


それからも白鳥は授業中は一応は顔は上げてるものの、窓の外を見たり、前の席の生徒の襟元を眺めたり、ボーっとしている感じで、休み時間になると、「怠い」だの「眠い」だの呟きながら机に突っ伏してしまった。


「なあ白鳥。マジで具合悪いなら、保健室か、それか今日は帰った方がいいんじゃないか?」


青木はあくまで自然にそう言ってみた。


「な、そうしろよ。俺、放課後看病に行ってやるから」


(それで夜の8時まで居座ってやる……!)


「――青木が?」


白鳥は顔を上げ、青木を見つめた。


「ああ。一晩中見ててやるよ」


青木がそう言うと白鳥は一瞬考えたものの、長いまつ毛を伏せて俯いてしまった。


「大丈夫だよ。それに今日はお母さんが来ることになってるから」



金槌で頭を殴られたようだった。


断られた。

それどころか、

嘘をついてまで緑川との約束を隠された。


青木はショックをできるだけ表情に出さないように続けた。


「……お前、最近しごかれすぎなんじゃないか?その、風紀委員のあの先輩に」


「え……?」


白鳥の目が再び見開かれる。


「緑川だっけ?お前のこと目の仇にしてる奴。俺がいっぱつドカンと言ってやろうか?」


わざと名前を出して挑発して見せる。

すると彼は――


「いいよ、そんなの……!」


急に大きな声を出した。


「確かに厳しいけど、悪い先輩ではないんだ。

俺が立哨活動でフラついたときとかは、涼しいところに連れてってくれたりするし、俺の髪色を部長とか顧問が問題視してるときも、自分が担当するんで大丈夫ですって突っぱねてくれたし、委員会で遅くなった時は校門横の自販機でジュースとか奢ってくれたし……!」


白鳥の頬がピンク色に染まっていくのと反比例して、青木の顔は青くなっていく。


「マジで、何考えてるのかたまにわかんなくなることはあるんだけど」


白鳥が照れくさそうに頭を掻く。


これはいよいよ間違いない。


青木は大きく息を吐くと満面の笑顔を作った。


「そっか!でも無理するなよ」


「うん、ありがと」


予鈴が鳴った。


青木と白鳥は並んで古典の教科書を取り出した。



◆◆◆◆


日直の白鳥が、次の授業の準備で生物教師に呼ばれていくとすぐに、赤羽は青木にドンと椅子を寄せてきた。


「どうしたんだよ、アイツ」


「アイツって?」


青木は終わったばかりの現代社会の教科書をトントンと揃えながら言った。


「とぼけるなよ。白鳥だって」


赤羽が言うと、青木はゆっくりと振り返った。


「……無自覚堕ちって知ってる?」


「は?」


「無自覚のまま相手に堕ちてるってこと」


「――おい待て。誰が誰に堕ちてるって?」


「当然だろ」


青木は机に両肘をついて手を組んだ。


「白鳥は今、緑川に惚れてる」


「はあ?」


赤羽が目を見開く。


「いやもしかしたら、俺が想像するもっと前からかもしれない」



無自覚に、


しかし確実に、


白鳥は今、緑川の手中にある。



「どうすんだよ……!今日覆せないと明日のジャッジが――」


「いや。白鳥はもう自覚してる。緑川のことが好きだって。これを覆すなんてことはおそらくほぼ不可能」


青木は静かに言い放った。


「じゃあ……諦めんのか?」


赤羽が低い声を出した。


「お前、それでいいのかよ?お袋さんと妹が待ってんだろ!」


「…………」


「帰りたいんじゃなかったのかよ!?」



「………黙れよ」


青木は赤羽を睨んだ。


「誰かに聞かれたら、俺とお前、この場でドカンだろうが」


「お前……」


赤羽は、目つきが変わった青木に目を見開いた。



「ここで諦めるわけないだろ」


青木は口の端でニヤリと笑った。


「俺を誰だと思ってるんだよ、赤羽」


「じゃあ……」


「ああ。に緑川を引きずり込んでやる」


赤羽はこめかみに血管が浮き上がった青木の顔を見ながら息を飲んだ。



「俺は、少年犯罪史上、最恐最悪の殺人鬼だからな!」



青木は黒板を睨んでニヤリと笑った。


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