第31話 油断と大敵
「それで?どうしたんだよ」
「白鳥はあなたのこと嫌ってると思いますって言って逃げてきた」
白鳥が日誌を取りにいったタイミングを見計らって相談すると、赤羽も混乱しているのだろう、眉間に皺を寄せながら首を捻った。
「一般人の可能性がある以上、こっちから実験とか死刑囚とか露骨に確認できねえしな」
「うーん……」
「だからといってお前みたいなセンセーショナルな事件を起こしてない限り、未成年の事件は公に報道されてないから、アイツの名前を検索しても出てこないしな」
「え、そうなの?」
青木は赤羽を振り返った。
「そりゃな。いくら法定年齢が引き下がったとはいえ、よっぽどじゃない限り未成年の実名は出ねえよ」
「ふうん……」
青木は机に突っ伏した。
自分はそれだけのことをやったのだ。
本来なら死刑を免除され生き残りたいなんて、望んじゃいけない立場なのかもしれない。
それでも――。
『お兄ちゃん!』
加奈の笑顔が蘇る。
身体が弱く、長生きは出来ないかもしれない加奈と少しでも一緒にいたい。
仕事に家事に看病に、身を粉にして働いてきた母親に恩返しがしたい。
たとえ行きつく先が地獄でも、2人のことは幸せにしてから死にたい。
「……ま、どっちにしろ、お前が勝てばいいわけだ」
赤羽は振り返った。
「状況は何一つ変わってない。いつも通りにしてろよ」
「う、うん。そうだよな!」
青木は顔を上げた。
ここでナーバスになっている場合ではない。
生き残るための行動をしなければ。
「あ、でも」
赤羽は天井を仰ぎ見た。
「万一に備えて、今夜は
「……なるほど。それなら今夜は、どちらかの部屋でゲームでもしようと誘ってみるかな」
「それはいいけど――」
赤羽は教室の扉を振り返った。
「日誌を取りに行ったにしては遅くね?白鳥」
「――まさか……!」
青木は慌てて立ち上がった。
◇◇◇◇
「くそ……!どこだ、白鳥……!!」
青木は廊下を走り回っていた。
日誌がある職員室にはいなかった。
生徒たちが行きかう廊下にも、トイレにもその姿はない。
(白鳥……!白鳥白鳥白鳥……!!)
もうだめだ。
今日という今日は目が離せない。
ずっと一緒にいなければ――!
人の気配がない特別棟を駆け抜ける。
(数秒でも油断できない。だって、BL漫画の特徴といえば――)
「……んッ……」
「!!」
青木はその聞き覚えのある艶っぽい声に足を止めた。
「…………」
わずかに扉が開いている化学準備室に近づく。
そう。
BL漫画の特徴と言えば――。
(……急……展……開……!)
覗いた化学準備室。
ガラス棚に押し付けられるようにして、
白鳥が緑川にキスをされていた。
「ん……ふ……んんッ……」
くちゅくちゅと卑猥な音が聞こえる。
昨日は唇を押し付けるだけの乱暴なキスだったが、今日は開いた口から濡れた二人の赤い舌が見え隠れしている。
(……止めなきゃ……!)
化学室準備室に駆けこもうとした青木の肩を、誰かが引き戻した。
「……(おい)」
「……(なんだよ!)」
「……(しっ)!」
いつのまに背後にいた赤羽が唇に人差し指を当てる。
赤羽は青木のICチップが入っている首を撫でると、拳を開いて爆発のジェスチャーをした。
(そうか。他の死刑囚の邪魔をしたらルール違反なんだった……!)
成す術もなく青木は化学準備室の二人に目を戻した。
「……んッ……!」
ガラス戸に押し付けられ、背の高い緑川に成すがままに顎を上げている白鳥は、緑川の愛撫に耐えているようにも、感じているようにも見える。
白く細い手は、緑川の厚い胸板を押し返しているようにも、握っているようにも見える。
「あ……ッ」
開いた口から艶っぽい声が漏れ、緑川の筋肉の盛り上がった太腿が、白鳥の両脚の間に割り込み、彼の股間を擦る。
その刺激によろけた白鳥が、緑川の腕に凭れかかった。
「――いい加減に答えろよ。正直に言うまで続けるぞ」
白鳥の顎を掴んだ緑川が、彼を見下ろす。
「お前、俺のこと嫌いって本当か?」
「――だから!」
白鳥が潤んだ悔しそうな目で緑川を睨み上げる。
「だから、そんなこと、一言も言ってないでしょう!」
「それじゃ答えになってねえって言ってんだよ」
緑川が白鳥の細い腰を引き寄せる。
「俺のことどう思ってる。好きか?嫌いか?」
「………ッ……!」
緑川の足が再び動き出し、白鳥の股間を刺激する。
「や……!なんで……!」
「なんでこんなことされるのかわからないか?」
緑川が耳元で囁くと、白鳥は自分の口を押えながらコクコクと頷いた。
「俺がお前を好きだからだよ」
「……!!」
白鳥の目が見開かれる。
(……くっそ。アイツ、俺より先に!)
青木は奥歯を噛み殺した。
「お前の答えは?」
緑川が切れ長の目で、白鳥の大きな目を覗きこむ。
「俺は……」
白鳥は真っ赤な顔で緑川から目を逸らした。
「青木が、好きです……!」
「――――」
思わぬところで名前を呼ばれ、青木は呆然と立ちつくした。
(白鳥……)
彼が――。
あんなにキラキラしている純粋な彼が、本当に自分を好いてくれているのに、
自分ときたら何なんだろう。
勝ち残るために、
生き残るために、
彼の好意を利用して、偽りの愛情を注いだりして――。
「…………」
この実験が終わったら自分は、
白鳥の望むとおりに生きよう。
もし白鳥が自分と一緒にいたいと言えばそうするし、
自分を欲してくれるならいくらでも与えよう。
彼のために生きていくと誓う。
もし実験に勝てたなら――!
「俺は――」
緑川はスーッと息を吸うと、静かに言い放った。
「俺とお前の話をしてるんだよ……!」
「………」
白鳥は再び緑川を見つめた。
「俺のことは好きか?嫌いか?もし嫌いならこの場で諦めてやる。一生近づかない」
緑川はまっすぐに視線を落としながら言い放った。
(こいつって……マジでどっちなんだ?)
青木は首を捻った。
(もし死刑囚だとして、もし実験のために動いてるとして、こんなセリフをまっすぐにぶつけられるか?)
「白鳥。どうなんだよ」
青木は両手の指を組んだ。
(頼む。白鳥……!嫌いだって言ってくれ!俺に近づくなって言ってくれ……!頼む……!)
しかし青木の願いもむなしく白鳥は、
「……嫌いじゃ……ない」
緑川を見つめ返した。
「――ッ。嫌なら殴れ…!」
緑川は白鳥の白シャツに手を掛けた。
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