第6話 焦燥と錯綜

教室の机に照り返す朝陽がまぶしい。


(……はあ。くっそ)


青木は日差しを避けるように窓に背を向けて席に座り、ため息をついた。


本来なら昨日の放課後、寮に遊びに来るはずだった白鳥は、


『駄目だよ、今日はゆっくり休まないと!あ、でも頭打ってるから、具合が悪くなったらすぐに寮母さんに言うんだよ?』


と言ってそそくさと帰ってしまった。


青木は両肘をつくと顔を両手で覆った。


(――ま、あいつも白鳥に置いて行かれたみたいだったからいいけど)


指の間から、前の席で机に頬杖をついている茶原を睨む。


(いやいや。敵はアイツだけじゃない」


青木は両手から顔をを上げ、青木はクラスを見回した。


――どいつだ。残る5人の死刑囚は……。


そのとき、



『やあ、おはよう。死刑囚諸君』


耳の後ろから、例の声が聞こえてきた。


「……ッ」


声を出さないように慌てて口を手で覆う。


『実験2日目だが、検討しているか?』


「――――」


青木は顔を動かさないまま視線だけ茶原を見つめた。

彼は彼で、微動だにせずに身体を硬直させている。


『さて。明日は1回目のジャッジの日だね』


謎の声は相変わらず勝手に続ける。



『いよいよ一人目の脱落者が決まる』



(脱落者だと?そんなの聞いてないぞ……!)


青木は眉間に皺を寄せた。


『明日の時点で、白鳥の感情のバロメーターを計り、一番恋愛対象から遠い人物を選出する。おっと、バロメーターの計り方は企業秘密のためここでは言えないが、正確な数字であることは間違いない』


(――恋愛対象から遠いも何も、たった3日で何がわかるんだよ)


『あれえ。たった3日でって思ったぁ?今』


まるでこちらの意図を読み取るかのように、謎の声は笑った。


『のんびり屋さんの死刑囚諸君。我々が君たちをそんなに長い時間、生かしておく理由はないだろ?』


前方に座っている茶原の身体がビクッと震える。



『3日ごとにジャッジ。1人ずつ脱落。イコール死刑執行』


謎の声はそう言い放った。


(……卒業なんて、1年なんて、半年なんて……そんな生ぬるい話じゃなかった)


青木は肘をついたまま顎の前で両手の指を組んだ。


(この命を懸けた実験は、わずか18日間で幕を閉じる)


教室全体を見つめる。


(6人の命を犠牲にして――!)



『うかうかしてる暇はないぞ。健闘を祈る!』


また耳障りな音を残したまま、謎の声は聞こえなくなった。


(全くだ。白鳥と仲良くなるどころか、落とさなきゃいけないのにもう17日間しかない)


青木は後頭部を掻きむしった。


(今まで俺が読んできた数々のBL漫画を思い出せ……!最短でカップルになる方法は?ロジックは?セオリーは?シチュエーションは?イベントは?)


「…………」


青木は両手を机の上についた。


(……やっぱりあれしかないか)


「強引な性行為……!」


口に出して言っていることも気づかずに青木は脳みそをフル回転させた。


学園物、リーマンもの、ヤクザもの、オメガバースもの、人外もの、どれをとっても、セックス無しの急展開は望めない。


予想だにしない相手と、最悪なタイミングでのセックス⇒何やってんだよ、俺!あんな奴と!⇒あれ?でも意外といい奴?⇒やば。俺、あいつのこと、いつの間にかこんなに……!


(これしかない……!)



青木が胸の前で拳を握りしめた瞬間、


「――なあ」


低い男の声が響いた。


振り返るとそこには、背もたれに両肘を凭れ、顎を上げた状態でこちらをダルそうに見つめる、赤羽の姿があった。


「……な、なんだよ?」


青木は赤羽を睨んだ。


昨日は朝こそ険悪なムードになったものの、一日接点なく平和にやってきたのに、今さら何の用があるのだろう。


(てかやっぱりこいつも実験に参加している死刑囚なんじゃないか?)


青木は、赤い髪の毛と口元のピアス、それに着崩したブレザーを順に見ながら心の中で身構えた。


(あり得る。十分、あり得る……!)


「昨日、大丈夫だったか」


赤羽はこちらを睨みながら言った。


「はあ?」


「頭」


赤羽は自分の後頭部をポンポンと叩いて見せた。


「あ……ああ。軽い脳震盪だって」


「あっそ」


赤羽は軽く咳払いをすると、脚を引き寄せ椅子に軽く座り直した。


(……なんだ、こいつ?)


青木が首を傾げたところで、



「おはよ!青木!!」


片手を上げながら、白鳥が教室に入ってきた。


(……おおおおいでなすった!)


「おお。おはよ」


できるだけ自然に言いながら、改めて白鳥を見つめる。


金色の髪の毛。

青味がかった大きな瞳。

通った鼻筋に、桜色の唇。

色白な肌に、華奢な身体。


まるで絵本から飛び出してきた王子様のようなルックス。


(強引なセックスに持ち込むとして、こいつはどっちなんだ……?)


スラックスごしに股間を見る。


生まれてこの方「かっこいい」とは言われても「かわいい」だなんて言われたことのない塩顔の青木に、彼は勃つのだろうか。


「青木!モーニングコール、さんきゅな!」


彼はニコニコと笑いながら椅子を引いた。

その臀部を盗み見る。


白い肌。丸い尻。

自分が彼に勃つのは不可能ではない気がした。


(――じゃあ俺が攻め?ってことは俺が強引に襲わなきゃいけないのか?)



『なんだよ、お前。男もイケる口か……?』


『お前のココは嫌だって言ってないみたいだけど……?』


『素直になれよ。こんなに硬くなってんじゃん』


頭の中にいくつもの攻めキャラの顔が浮かぶ。



(いやそんなのできるのか?俺に……)



「……気をつけろよ」


後ろからまた低い声がした。


「は?」


振り返ると、


「頭打った時ってあとから後遺症みたいなのが出てくることもあるから」


「あ、ああ……。あんがと」


そう言うと赤羽はプイと廊下の方を見てしまった。


キュンッ。


(何こいつ。実はいい奴?……って、俺がキュンとしてどうする!)


青木は赤羽から目を反らすと、反対の隣に座った白鳥を横目で睨んだ。



(少なくとも今日、キスくらいまでは……!)



「今日さ、身体測定があるんだって」


笑顔で言う白鳥に、



「マジで?だるいなー」


青木も笑顔で答えた。



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