神か悪魔か。
穴。
小さいけれど何故か埋まらない、その穴の存在は、俺の思考の全てを覆い尽くす大きな存在だった。
来月のシフト。
あと一日。
「13日の金曜日」
なぜこの日だけが…。
「無理です! 推しのライブなんで!」
「ダメっすよー。飲み会のコール担当なんで!」
「お婆ちゃんが、その日は避けなさいって。不吉だから」
高橋奈々、加藤蓮、相田美桜。主力講師達に三者三様の理由であっさり断られた。
美桜さんの実家ってお寺じゃなかったか??
そんな疑問も脳裏をかすめるが、最早それはどうでもいい。
もう万策尽きた。
生徒の何人か授業日を変えてもらって、俺が一人で全コマ回すしかないのか……。
そう覚悟を決めた時、背後から声がした。
「……校舎長、何か困ってるんすか」
大学院生の鈴木大輝だった。俺は藁にもすがる思いで尋ねる。
「鈴木くん……来月もう一日、13日の金曜日なんだけど、入れないかな……?」
鈴木は俺の顔をじっと見つめ、腕を組んでしばらく何かを考え込む素振りを見せた。数秒が、永遠のように感じられる。
「……入れます」
俺はその場で膝から崩れ落ち、心の中で彼を「神」と崇めた。
◇
そして、運命の13日の金曜日、当日。
ビルの窓に、断続的に打ちつける激しい横殴りの雨。記録的な豪雨。
テレビは朝から特別警報を告げて、鉄道は完全に麻痺していた。
俺は「本日、臨時休校」の貼り紙をドアに貼り、全生徒の家庭にメールや電話で連絡を済ませた。
鈴木にもLINEを送ったところで、バックヤードで一人、安堵のため息をついていた。
「まあ、結果オーライか。さすが13日の金曜日……」
そう何となしに呟いた、まさにその瞬間。
バチンッ!という音と共に、教室の全ての電気が消え、あたり一面がが闇に包まれた。
停電か?
不気味な静寂の中、風雨が窓ガラスを激しく叩く音だけが響く。
その時だった。
コン、コン……。
塾のドアを、何者かがノックする音がした。
まさか。
こんな豪雨の中、誰が? 俺は息を殺してドアを見つめる。
コン、コン、コン……。
ノックの音は続く。
思考が固まったまま、俺が動けずにいると、今度はドアノブが、ガチャ、ガチャガチャッ!と乱暴に回り始めた。
「ひっ……!」
非常灯のぼんやりとした光が、窓の外に立つ、頭からフードを被った黒い人影を映し出す。
「う、うわ!」
俺が思わず情けない悲鳴を上げた時、その人影は、ドア越しにこう言った。
「……校舎長。電車、止まってたんで、歩いてきました」
「す、鈴木!」
◇
停電は五分ほどで解消した。
俺は、とりあえず熱いコーヒー差し出すと、タオルでガシガシと全身の水分を拭っている鈴木に尋ねた。
「休校だから休んでねってLINE送ったよね?」
「いや、ずっと歩いてたので、すみません、気づきませんでした」
「家どこだっけ?」
「東西市です」
「え、結構あるよね」
「はい、10キロぐらい」
「じゅ、10キロ!!」
俺は最大限の労いと感謝を伝えると、そんな真面目で寡黙な鈴木に、どうしても聞きたかった疑問を投げかけた。
「す、鈴木くんさ……。みんな断ったのに、なんで君だけ、入ってくれたの?」
鈴木は何も答えない。そのかわりに、ただ、ふやけた指で、バックヤードに貼ってある自分の今月のシフトの書き込まれたカレンダーを指差した。
俺は【鈴木】と書かれた日付を目で追う。
1日, 2日, 3日, 5日,…??
… 8日, 13日, 21日!!!
全身の血が凍りつくのを感じた。
そんな、まさか…?
今月は30日までであることを確認して、鈴木に尋ねる。
「す、鈴木君、来月の最初の勤務日は?」
鈴木は口角を片側だけクイッと上げると、俺の目をしっかりと見つめながら高らかに告げた。
「もちろん※日です」
…悪魔は、こんな身近に存在していた。
※理系方面強い人と、中二病拗らせたことがある人なら、たぶんわかる話。
わかったかどうか、よろしければコメントで。
学習塾【杉の森校】の日常風景。 詰替ボトル @uni-clu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。学習塾【杉の森校】の日常風景。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます