神か悪魔か。

穴。

小さいけれど何故か埋まらない、その穴の存在は、俺の思考の全てを覆い尽くす大きな存在だった。

来月のシフト。

あと一日。

「13日の金曜日」

なぜこの日だけが…。


「無理です! 推しのライブなんで!」

「ダメっすよー。飲み会のコール担当なんで!」

「お婆ちゃんが、その日は避けなさいって。不吉だから」


高橋奈々、加藤蓮、相田美桜。主力講師達に三者三様の理由であっさり断られた。

美桜さんの実家ってお寺じゃなかったか??

そんな疑問も脳裏をかすめるが、最早それはどうでもいい。

もう万策尽きた。


生徒の何人か授業日を変えてもらって、俺が一人で全コマ回すしかないのか……。


そう覚悟を決めた時、背後から声がした。


「……校舎長、何か困ってるんすか」


大学院生の鈴木大輝だった。俺は藁にもすがる思いで尋ねる。


「鈴木くん……来月もう一日、13日の金曜日なんだけど、入れないかな……?」


鈴木は俺の顔をじっと見つめ、腕を組んでしばらく何かを考え込む素振りを見せた。数秒が、永遠のように感じられる。


「……入れます」


俺はその場で膝から崩れ落ち、心の中で彼を「神」と崇めた。



そして、運命の13日の金曜日、当日。

ビルの窓に、断続的に打ちつける激しい横殴りの雨。記録的な豪雨。

テレビは朝から特別警報を告げて、鉄道は完全に麻痺していた。


俺は「本日、臨時休校」の貼り紙をドアに貼り、全生徒の家庭にメールや電話で連絡を済ませた。

鈴木にもLINEを送ったところで、バックヤードで一人、安堵のため息をついていた。


「まあ、結果オーライか。さすが13日の金曜日……」


そう何となしに呟いた、まさにその瞬間。

バチンッ!という音と共に、教室の全ての電気が消え、あたり一面がが闇に包まれた。


停電か?

不気味な静寂の中、風雨が窓ガラスを激しく叩く音だけが響く。


その時だった。


コン、コン……。


塾のドアを、何者かがノックする音がした。


まさか。


こんな豪雨の中、誰が? 俺は息を殺してドアを見つめる。


コン、コン、コン……。


ノックの音は続く。

思考が固まったまま、俺が動けずにいると、今度はドアノブが、ガチャ、ガチャガチャッ!と乱暴に回り始めた。


「ひっ……!」


非常灯のぼんやりとした光が、窓の外に立つ、頭からフードを被った黒い人影を映し出す。


「う、うわ!」


俺が思わず情けない悲鳴を上げた時、その人影は、ドア越しにこう言った。


「……校舎長。電車、止まってたんで、歩いてきました」


「す、鈴木!」



停電は五分ほどで解消した。

俺は、とりあえず熱いコーヒー差し出すと、タオルでガシガシと全身の水分を拭っている鈴木に尋ねた。

「休校だから休んでねってLINE送ったよね?」

「いや、ずっと歩いてたので、すみません、気づきませんでした」

「家どこだっけ?」

「東西市です」

「え、結構あるよね」

「はい、10キロぐらい」

「じゅ、10キロ!!」

俺は最大限の労いと感謝を伝えると、そんな真面目で寡黙な鈴木に、どうしても聞きたかった疑問を投げかけた。


「す、鈴木くんさ……。みんな断ったのに、なんで君だけ、入ってくれたの?」


鈴木は何も答えない。そのかわりに、ただ、ふやけた指で、バックヤードに貼ってある自分の今月のシフトの書き込まれたカレンダーを指差した。

俺は【鈴木】と書かれた日付を目で追う。


1日, 2日, 3日, 5日,…??



… 8日, 13日, 21日!!!


全身の血が凍りつくのを感じた。


そんな、まさか…?

今月は30日までであることを確認して、鈴木に尋ねる。

「す、鈴木君、来月の最初の勤務日は?」


鈴木は口角を片側だけクイッと上げると、俺の目をしっかりと見つめながら高らかに告げた。


「もちろん※日です」


…悪魔は、こんな身近に存在していた。







※理系方面強い人と、中二病拗らせたことがある人なら、たぶんわかる話。

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