第3話・契約

 月が雲に隠れ、あたりは暗くなっていた

 あの猫が頭の中に入って30分は経っただろう

 ベンチに座り直し猫が出てくるのを待つ

 夏なのにどこからか冷たい風が吹く

 風でブランコが揺れ、キィっと静かな公園に音が響く

 その音のせいで、不意に視線がブランコに向く

 ほんの数メートル先には、白いワンピースの女性が立っていた

 トボトボと近づいてくる

 長い黒髪がさらさらと揺れる

 近くまで来て気付いたが身長が2メートルを超えている

 

「ぽ……ぽぽ……」

 

 背筋が凍る

 変な汗が止まらない


「おい!何をしとる!

 さっさと逃げろ!」

 

 いつも間にか出てきていたようで、頭の上に乗っていた

 

「ボケっとするでない!走れ!」


 その言葉にハッとし、言われた通り走る

 

「ぽ……ぽぽぽっ!!」


 ゆっくりと歩きながら追いかけてくる

 

「魅入られてしまったのぉ、あいつは八尺様はっしゃくさまじゃ!

 にしても貴様、運が悪いのぉ……やつは最強クラスじゃぞ」


 猫は僕の頭の上で解説をしている


「そういうのはいいからさ、なにか逃げる方法とかないの!」

 

 今は自身の命の心配で手いっぱいだ

 

「逃げるか……あるにはあるんじゃがな~」

 

 何故かう~んっと悩んでいる

 

「なんで渋るんだよ!教えろ」

 

 かなり強く言った

 心の余裕なんてなかった

 汗が顔の輪郭をなぞり落ちる

 呼吸を整える余裕もない

 少しでも休めば追いつかれてしまうかもしれない

 

「そうじゃなぁ……まだ貴様に死なれても困るしのぉ

 でものぉ……」

 

 なぜそこまで渋るのか全く理解できない

 

「さっさと教えろ!僕にできることは何でもするから!」

 

 今の僕は誰が見ても正常な判断ができていないだろう

 

「──貴様にできると思えんが、教えるとするかの

 

 逃げる方法はいたってシンプルじゃ!

 この町には結界が張られとる

 つまり、その外に出れば追ってこられなくなるんじゃ!」

 

 随分と簡単に言ってくれる……

 

「貴様、文句を垂れたな?」

 

 猫が急に睨んでくる

 

「ワシは、まだ貴様とつながっておる

 だから、貴様の考えていることは手に取るようにわかるぞ」

 

 そういうことは先に言えっと思ったが口には出さないでおこう

 

「聞こえとるからな!?」

 

 話は戻るが、逃げることは現実的ではない

 だが、戦うことはもっと現実的ではないだろう

 

「貴様、ワシと契約しないか?」

 

 急な提案だ

 正直、今する話ではないだろう

 

「まあ聞け、ワシの願いは怪異の討伐じゃ

 つまり、ワシと契約をするなら、ワシは貴様に怪異と戦える力を与える」

 

 どうじゃ?といった顔をしているのが容易に想像できる

 

「……契約をしたらさっきの……はっしゃくさま?ってやつにも勝てるのか?」

 

 少しの間のあと猫は答えた

 

「どうじゃろうな……勝つか負けるかは2:8くらいかの?」

 

 全然ダメじゃん……と思ったのは口に出さないでおこう

 

「だから聞こえとるぞ!

 ──貴様の中にある力を使えたら勝てるかもしれんのぉ

 あるいは……」

 

 僕の中にある力ってなんだ

 猫は少し考え言葉を続けた

 

「ヒットアンドアウェイってやつじゃな」

 

 期待した僕がバカだった

 だが、今は契約をするしか生き残る術はない

 1%でも可能性があるなら……


「その契約──ノッた」

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