イヌホオズキの兄妹
窪
第1話 イヌホオズキの兄妹
庭で咲いている黄色いたんぽぽは春の暖かい風に揺れている。その花粉が通り過ぎるかのように私の鼻をくすぐる。指で鼻を触り、花粉症かと疑う。ふと下を向いたら、制服のスカートが折れ曲がっていたことに気づく。私はそれをすぐ直し、黄緑色の雑草の上をローファーで踏む。前進していると後ろから男の声が聞こえた。
「何でそっちに行くんだよ。学校は向こうだぞ」
淡い青空をバックに立っていた双子の兄は南の方向を指す。今日は入学式だというのに兄は制服を着崩している。
「こっちの道のほうが早く着くんだよ」
私は兄の方を振り向かず、先へ進む。
「道わかんのかよ」と大きな声を出し、私の後をついてくる兄。黒いスクールバックは初めて使う割には重そうだ。日光に当たった草原を抜け出し、コンクリートでできた道路へと入る。
「こんな所に道路あったんだ」と後ろから兄の声が聞こえる。私は右腕に身につけた時計を見る。
「あまりゆっくり見てられないね。ちょっと走ろう」
ローファーとコンクリートが当たる音を出して走っていく。「えっちょっと」と声を出し、兄もすかさず走ってついてくる。花や雑草が生えている通り道から住宅街へ入っていく。
そのまま歩いていると、白い校舎が見えた。
「よし、着いたね」
「着いたねじゃねえわ。ズボンのくっつき虫すごいし」
ズボンについたくっつき虫を取りながら兄は言った。
「この後どうするんだっけ」
「受付を済ませて、体育館に集合だってさ」
私たちは校門に入り、入学式に出席する準備をする。受付を済ませた後、体育館へ向かうと、教員が入学生達を並ばせていた。
あと、数十分すれば入学式は始まるだろう。
兄は私の前に並ぶ。新品の制服が妙にくたびれて見えた。あくびをしていて眠そうだ。
私はそっと兄の肩に触れて話しかけた。
「ねぇ、兄ちゃん知ってる?」
「何だよ」と眠気の混じった声で返事をする。
「さっき近道って言って通らせたじゃん。あれ全然近道じゃなかったんだよ」
「知ってるよ。いつもそうだ。お前の言ってることは嘘ばっか」
私の顔を見ずに答えた。
「それに住宅街に抜けてからずっと走ってただろ」と付け加えた。
口から息と共に笑いが出る。
「バレてたか。今度はもっと良い嘘を吐こう」
兄は渋い顔をし、「悪い癖だな。本当」と吐き捨てた。
私は嘘をつくことが大好きだ。嘘をついた時の人の反応が面白い。四歳の頃、幼稚園の友達に「家が燃えたんだ」と初めて嘘を吐いた。友達から親に伝わったのか少し大きい噂となった。両親にその噂が耳に入った時に強く問い詰められた。
「何でそんなこと言ったの?」
面白そうだったからとは言わなかった。
変わりに「何を話して良いかわからなかった」とだけ言った。
両親はその言葉に納得はした。私の言葉を嘘だと疑わずに。私はどんな玩具よりも面白い物を見つけた気がした。
それをきっかけに嘘を吐き続けた。
「私は卵アレルギー」だとか、
「犬の好物は蜂蜜」だとか、
息を吐くように嘘を吐いた。
周囲の人間は嘘を信じたり、嘘を吐いたことに対して怒ったり、そもそも嘘吐きな私の関わらなかったり反応は様々だった。
しかし、兄だけは私の嘘に何も反応もしなかった。子供の頃はよく反応をしてくれたが、今じゃからっきしだ。
私は嘘を通じて人の思考を見る。
兄の思考は今どうなっているのだろうか。
頭が空っぽなのでは無いか。
気怠そうな兄の背中を見る。
「この後、入場を開始します。入学生は入場する準備をしてください。」
教員からの声掛けだ。私は背中をピンとあげ、兄は眠気を覚ますために目を擦る。
「新入生のご入場です。」
体育館の方から声が聞こえる。その声に反応して、列は次々と移動する。私達もそれに続いて進む。体育館に入るとパッヘルベルのカノンが耳に流れてくる。入学生達はゆっくりと足並みを揃えて自身の席に着く。私達二人もそれぞれの椅子に座る。カノンの演奏が止まると、学校長からの開式の言葉がはじまった。
それから、来賓紹介、在校生の歓迎の言葉など円滑に物事が進み、閉式の言葉を告げられ式は終わった。
退場後、担任の教師の指示に従って教室に向かうことになった。私と兄は運良く同じクラスで、移動する際も兄についていくことになった。
「良かったね。クラス一緒で」
私は移動する最中に兄に話しかけた。
「俺は良くねぇよ。お前の嘘に巻き込まれるのはごめんだね。」
「まさか。兄ちゃんには嘘吐かないよ。反応悪いし。」
「それがもう嘘なんだよ。」
軽口を叩いていると教室に着いていた。自分の出席番号と同じ席に座る。双子の兄なので私の前に座る兄。
ここでも兄の背中を見るのかと私は鼻で笑う。担任が教壇に立ち、挨拶を始める。
そして、生徒達の自己紹介として一人一人席から立たせた。私は生徒の自己紹介をよく聞いた。嘘を吐いて反応が面白そうな人に目星をつけ、投稿初日に話しかけようと考える。兄は私とは対照的に自己紹介を聞いていなさそうな態度を見せた。眠そうで、左耳から右耳へと話が流れていそうだ。
「澤村大吾さん」
先生は兄の名前を呼んだ。「はい」と言いは立ち上がり、自己紹介をした。
「澤村大吾です。趣味は推理小説を読むことです。よろしくお願いします」
無難な自己紹介をした兄。私はそれを見てクスクスと笑う。兄は何も反応をしない。
「澤村れおんさん」
はい」と返事をした。
「澤村麗音です。皆と仲良くできたらなと思っています。宜しくお願いします」
拍手の音が教室に響いた。兄の肩が少し揺れた気がした。全員の自己紹介が終わった後、配布物を渡し終礼をして解散となった。
積極的に周りに話しかけ連絡を交換し合っている人もいれば、足早にその場を立ち去る人もいた。兄は後者の人間で私に「帰ろう」と声を掛けその場を後にした。
私たちが朝、投稿した道ではなく家に一直線の道を使って帰った。ゆらゆらと歩く兄に声を掛けた。
「問題ね。私は自己紹介の時、何回嘘を吐いたでしょうか」
当然、私は自己紹介の際にも嘘を吐いた。油断も隙もない。
「簡単だ、ニ回だね。噓を吐くためだったら嫌われても良いって思ってるだろ。それに、」
兄の肩がまた揺れた。
「何だよ。澤村れおんって。笑っちゃう所だっただろ。麗音(れいん)」
兄は私の本当の名前を呼んだ。流石に家族に吐く嘘じゃないか。
「そっちの方がインパクトあるでしょ?自己紹介で違う名前言う人なんていないし、そっちの方が面白いよ」
兄は頭をかいて、顔を私の方へ向ける。
「お前の嘘を信じる奴が出てくるって思うと不憫だよ。その人が」
「その時は兄ちゃんが私を疑う方法教えてあげれば良いじゃん。慣れてるでしょ」
「誰のせいだよ」
息を含んだ笑いは、春風と共に消えていった。
イヌホオズキの兄妹 窪 @2920yorha
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