寂しい夜中の倦怠感

エリー.ファー

寂しい夜中の倦怠感

 この世の恨みをすべて煮詰めてしまったかのような夜に捕まった私は、自分の人生を思い出すと共に、世界を少しだけ恨んでみようと画策する。

 しかし。

 できない。

 何故か。

 単純だ。

 私はモラルがある。 

 たとえ、世界が、明日滅ぶとしても、世界のことを色々と考えたり、世界のために悩んであげることもできる。

 なんだっていいではないか。

 私が、私のために時間を使い、その間に世界が挟まる。

 私を失うためには、世界という経由地がどうしても必要であり、この夜には特に、そのような考えが重要なのだ。

 悪戯によく似た、硝子製の自分自身を、いつの間にか捨ててしまった。

 そう、それが、この夜に捕まる条件なのだ。

 私は夜を呼び出してしまったのである。

 悲しいかな。

 私に夜は必要ない。

 私の人生に、本当に必要なのは、朝であり、夜明けである。

 いつまでたっても、夜明けを待ち望むための夜しか過ごしていない。

 星を見つけられない。

 月を見つけられない。

 雲を見つけられない。

 空という名の天井を見つけられない。

 私の目には何も映らない。

 盲目なのではない。

 私の心が、どうにもこうにも役に立たないのだ。

 もしかしたら、私が作り出した呪いなのかもしれない。

 私が、私ではなく、私以外に使うべきだった、手軽で緻密で星座のようにこじつけられた呪いの音階。

 私は、もう少し。

 もう少しだけ。

 自分のことを大切にしようと思った。

 本当だ。

 嘘ではない。

 でも、それは、この夜が私に伝えてくれたことではない。

 こんな夜がなくても私は気付くことができていたはずだ。

 夜は、こうやって私の近くに寄ってきて、自分の使い道を示してくる。もしくは、非常に有用であることを証明しようとしてくる。

 うんざりだ。

 いらないのだ。

 お前は。

 そう、そこのお前だ。

 お前はいらない。

 死ね。

 クソカス。

 ボケが。

 何も分かっていないくせに、近づくなゴミカス。

 ボケが。

 死ねや、クソが。

 いいか、とにかく、死ね。

 いや、そこにいろ。

 ぶち殺してやる。

 お前を、殺す。

 ぶっ殺す。

 本当に、ぶち殺してやる。 

 死ねボケカスクソどもが、二度と近づけねぇように、ぶっ壊してやる。

「てめぇだよ、てめぇの話をしてんだよ。分かったか、この野郎」

 私は。

 そうして。

 東京タワーの立ち入り禁止区域にいることに気が付いた。

 壊れた町が広がっていた。

 そう、東京など、どこにもない。

 正確に言うのであれば、完全に崩壊したのは東京を含んだ日本。

 いや、世界だった。

 しかし。

 心地いい。

 青空ばかりである。

 鳥がいた。

 夜ではない。

 夜明けではない。 

 そう、朝がやって来たわけではない。

 最初から太陽は昇っていたのである。

 私は、バランスを崩しそうになったが、直ぐに手すりにつかまった。

 何の問題もない。

 どうして、意識が飛んだのか。

 何故、あのような幻を見ることになったのか。

 考えれば考えるほど、分からない。

 これは、何なのだ。

 何が始まったのだ。

 一生に一度のタイミング。

 それが、今、この瞬間だというのに。

 どうして、無駄に過ごしたのだろう。

 遠くに、気球が見えた。

 誰かが手を振っている。

 私も笑顔で振り返す。

 そうか。

 これでいいのか。

 こんなものでいいのか。

 誰かが満足している。

 十分だ。

 私は時間をかけて東京タワーを降りると、自分が作った家に帰った。

 宝石を待つ人たちのために、郵送の手続きを始める。

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