可愛い女の子になりたかった

あまねりこ

可愛い女の子になりたかった

 メイクをしたら、一番お気に入りのワンピースに着替える。長い髪を巻いて、仕上げにマスクをする。鏡の前に立って、乱れているところはないかの最終チェック。最後にピーチの香りがする香水をつけたら『私』の完成。

「よし、可愛い」

 自分で自分のことを可愛いと言うなんて、なんて自意識過剰な奴なんだろう。でも、今だけは許してほしい。メイクによって変身した私は、まるで魔法をかけられたシンデレラ。

 リビングに降りると、弟が部活の支度をしているところだった。メイクで着飾った私を見て、一瞬だけ弟の手が止まる。ちらりと視線を寄こしたあと、何も言わないまま再び支度に取り掛かった。私はそんな弟を横目に「行ってきます」とだけ言って家を出る。背中に視線を感じた気がしたけど、私は振り返らなかった。




 今日は自分へのご褒美デー。ピンクを基調とした外観の洋服屋さんに入り、ネットで目星をつけていたワンピースを探す。お目当ての洋服はすぐに見つかった。大きなリボンが付いたチェック柄のフリルワンピース。ネットで見るよりも、実物の方が何倍も可愛い。そう思っていると、ふわりとポニーテールを揺らしながら、一人の女性店員が話しかけてきた。

「それとっても可愛いですよね〜新作なんですよ」

 昔から店員に話しかけられるのは苦手だった。頷きながら静かに笑うことしかできない。笑顔を作っていても、マスクをしているから店員に私の表情がちゃんと見えているかも分からない。

「お姉さんの雰囲気にとても似合うと思いますよ。よかったら試着してみますか?」

 店員の提案に私は首を横に振り、手に持っていたワンピースをなくなく元の位置に戻すと、駆け足で店を後にした。試着をするとなると、絶対に店員と言葉を交わさないといけなくなってしまう。私は私でいる間、人と喋ることができない。喋ってしまえば、その瞬間、魔法が消えてしまうから……。



 ワンピースは買えなかったけれど、一つだけ嬉しいことがあった。それは店員に「お姉さん」と呼ばれたことだ。私はちゃんと魔法が使えている、そう思うと嬉しくて笑みが止まらなかった。ワンピースはまた時間があるときにでも買いに行こう。気を取り直して、私はショッピングを続けた。ブーツを見たり、可愛い雑貨屋を見たり。最後に、無くなりかけてたアイシャドウと気になっていたリップを買って、私はファミレスへと向かった。



 今の時代はありがたく進化してくれた。店員と話さなくても、スマホからのオーダーで料理が届いてくれるから。

「お待たせいたしましたぁー」

 少しやる気のなさそうなアルバイト店員の男の子が料理を運んでくる。いただきます、とパスタを一口食べようとしたときだった。

「今日は買い物付き合ってくれてありがとう〜」

「プレゼント買えてよかったね!」

 向かい側の席に座る女の子たちの、楽しそうな会話が聞こえた。リボンとスカートが似合う可愛らしい女の子たち。

「……いいな」

 私には一緒に買い物に行ける女友達がいない。一人でいれば、自分のペースで買い物が出来るし、誰にも気を使わずに済む。けれど、可愛いものを一緒に共有できる友達が欲しいとは密かに思っていた。そんなこと、叶うはずもない夢だけど。



 私は地味だった。教室の隅で一人、本を読んでばかりの子ども。友達も少なくて、目立つことが嫌い。色で例えるならきっと灰色。そんな私でも、子どもの頃から可愛いものが大好きだった。外で遊ぶことよりも、もふもふのぬいぐるみと遊ぶ方が楽しいように。ピンクのリボンやレースのついた服を見ると、胸が高鳴るように。


 可愛い女の子になりたかった。


 だから私は動画を見て、何度もメイクや髪の巻き方の練習をした。不器用だから失敗することの方が多かった。それでもやっと、私なりの可愛くなれる魔法を見つけた。数時間しか保たない、ほんの小さな魔法だけど。



 行きと違って、帰りの電車は寂しい。少しずつ、魔法が解けていく音がする。足は重くなり、ピーチの香りもほぼ残っていない。窓に映る私の顔は、ほんの少し疲れて見えた。『私』のまま、どこか遠くに行けたらいいのに……。そんなことを考えながら、窓の外を流れていく夜景をぼんやりと眺める。


 お風呂からあがると、ちょうど部活から帰宅した弟と目があった。その瞬間、私の魔法は完全に消えた。

「楽しかった? ――――お兄ちゃん」

 俺は「おう」と可愛さのかけらもない、低くて汚い声を出した。

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可愛い女の子になりたかった あまねりこ @amane_riko54

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