染まってもいい……染まりたい

 面倒の匂いがする……そう思ったのは前から徳井と、彼の友人である東条が歩いてきたからだ。

 二人とも手元に夢中になっているようでこちらは見ていない。

 とはいえ俺は言わずもがな、今の綾香はかなり目立つ……もう少し近付けば必ず気付かれるだろう。


「面倒事の香りがすんぜ……」

「あはは……ハッキリ言うんだね」


 そりゃ言うでしょうよ……さてとどうするか。

 別に如何わしいことはしていないし、綾香に説明してもらえば俺が人畜無害であることは伝わるはず……でもなぁ。

 俺は知ってるから――徳井は幼馴染である綾香のことを憎からず想っていることを。


「大丈夫だと思うけど……」

「なんで?」

「だって最近、私服で慎に会うことなんてそうないし……それに今みたいに露出の多い恰好も想像出来ないだろうし」

「いや……そんなもんか?」


 まあ俺も、綾香のイメージは今まで学校でのイメージしかなかった。

 スタイルが抜群でふとした仕草にエロさを感じるのはあったけど、それでも今の綾香はそれ以上……学校でのイメージは一切感じさせない。


「服装とかはともかく、顔が変わるわけじゃないだろ? 普段から見てる幼馴染の顔を見間違えるわけもないし」

「……でも大丈夫、私に考えがあるよ」

「考え?」

「うん……天斗君、私の胸を触ってくれる?」

「なるほど胸を……はっ?」


 おい……何を言ってる?

 とち狂ったのかと思ったが綾香はどこまでも真剣で……ただまあ、その理由がどうにかしてバレないようにってのはちょいアレだけど。


「ほら、このままだとバレちゃうって思うんでしょ? だから早く、私の胸を揉みしだいて……揉んで……じゃなくて触って」

「言い間違いが酷い!」


 ……あぁもう!

 どうにでもなれと思いながら、俺は綾香の首の後ろから腕を回すようにして……そして彼女の大きな胸へと手を当てた。

 その瞬間、綾香がビクッと体を震わせた。

 その僅かな動きに動揺したのは俺もそう……そのせいか、指に少し力が入ってしまい、触れるだけにしていた彼女の胸を強く揉んでしまい、その柔肉の中に指がグッと沈み込んだのだ。


「あ……♡」

「す、すまん――」

「ううん……そのままでいいよ――それじゃ、私も気持ちを入れるね」

「気持ちを入れる?」


 気持ちを入れるってどういう……そう思った直後だった。

 すぅはぁと深呼吸をした綾香の雰囲気が豹変し、頬を赤くして俺を見上げたのだが……その表情はまるで男を誘う雌の顔……ってリアルにそれを見たことはないが、言葉に表すとすればこんな感じだろうか。


「ぅん……はぁ♡」

「あ、綾香……さん?」


 思わずさん呼びしちゃったぜ……でもそれくらい、綾香の様子に動揺を隠せなかったんだ。


「今の私なら……きっと気付かれないと思うよ……?」


 それは……確かにその通りかもしれない。

 俺は彼女が綾香だと分かっているから判別は出来るものの、普段の綾香を知っていれば知っているほど今の様子とは全く結び付かない。

 雰囲気だ……彼女の纏う雰囲気が、普段の彼女を完全に隠している。


「そのまま……このまま行くよ? そう……ちゃんと私の胸を揉んだままね……? 自分の道具を触るみたいに」


 色々と言いたいことはある……困惑はある。

 でもその中で思っていたのは、女性の胸ってこんなに柔らかいのかっていう純粋な感想だった……だって仕方ないだろ初めてなんだからよ!

 体を寄せ合っている俺がこれなので、離れた所から見ても綾香のいやらしさは伝わるだろうか……そしてついに、徳井と東条が俺たちを見た。


「神薙……っ!?」

「え、えっろ……」


 俺を見て驚き、綾香を見て驚き……本当に気付いていないようだ。

 徳井はジッと綾香を見たが全く疑った素振りは見せず、照れたように視線を逸らしてそのまま通り過ぎた。

 数多の視線……綾香への欲望を滲ませる視線を搔い潜るように歩き、ようやく人波から外れたところで一息吐いた。


「綾香、もういいんじゃないか?」

「……ふぇ?」


 綾香の顔はまだ赤い……それは照れというより、彼女の言う気持ちを入れている状態だった……まるであれだ……そうあれだ!

 今の綾香は正に、時々目にするNTR系漫画のヒロイン!

 ……ってそう思うのはちょっと嫌だなうん。


「綾香、取り敢えずいつもの綾香に戻ろうぜ?」

「……うん」


 そしてまた、綾香は深呼吸をして雰囲気をいつも通りに戻した。

 さっきまでの表情や雰囲気が完全に鳴りを潜め、いつもの綾香が戻ってきた……でも、一つだけ消えてくれないモノがある――それは俺の手の平に残り続ける綾香の胸の感触だ。

 ……すんごく柔らかかった。


「その……流石だったな。演技派じゃん綾香」

「そんなことないよ。ただ想像したの……もし私が天斗君の雌豚みたいな存在になったら……性欲処理をするだけの存在になったらどんな顔をするのかなって」


 な、何を言ってるんだこの子は!?

 思わず身を引くほど驚いた俺を綾香はクスクスと笑った。


「ごめんね天斗君。天斗君は優しいからそんなことしない……したとしても演技って感じだよね」

「演技でもそんなこと言わねえってば!」

「あははっ、分かってるよ。でも天斗君が私の胸を触ってくれて……この逞しい腕に抱かれていることを想像したら気持ちを入れやすかったの。正直、天斗君になら滅茶苦茶にされても……ううん! 何でもない!」


 後半のボソボソした声は聞こえなかったが、とにかく徳井にバレて面倒なことにならなくて良かった。

 ……でも、少し冷静になって考えてみた。

 仮にバレたとして……文句を言われたとしても、それって俺に関係があることなのか?

 綾香を無理やりに付き合わせたわけじゃない……彼女は俺の誘いに頷いてくれて、お互い同意して一緒に居るわけじゃないか。


「……仮に」

「え?」

「仮にバレたとしても、よくよく考えたらお前には関係ないってそのまま通り過ぎても良かったかもな」

「天斗君……?」

「だってそうだろう? 俺たちは今日、お互いに納得して一緒に出歩いている……なら今、綾香の時間は俺がもらってるわけだから」

「っ!」


 ピーンッと直立不動になった綾香。

 そんな彼女の様子を見たからではないが、俺も少し恥ずかしいことを言ったなと顔が熱くなってきたので、頬を掻きながらそっぽを向いた。


「ね、ねえ天斗君」

「な、なんだ?」

「まだお昼前……だよね。一緒にお昼……どう?」

「あ、いいのか? そういやジムのことしか考えてなかったな」

「一緒に……お昼食べよ?」

「……分かった」


 そうしてファミレスに向かい、昼食を食べた後は綾香の買い物に軽く付き合ってから別れた。

 もちろん最後も彼女の家まで無事に送り届けた。


「……楽しかったな」


 デート……なんて呼べるようなものじゃない。

 けれど綾香との時間は本当の楽しかったし……何より、彼女の女らしさに今まで以上にドキドキもさせられた。

 思わず見つめてしまう手の平。

 そこにはまだ彼女の大きな胸の感触が残り続けている……こりゃしばらく、ずっと頭に中に残りそうだな。


 ▼▽

「はぁ……はぁ♡」


 部屋に戻ってすぐ、私はドアを背に蹲った。

 脳裏を駆け抜けていくのは快感……しかも遅効性のある快感で、今まさに天斗君に触れられた胸を起点として、脳を気持ちの良い感覚が突き抜けていく。


「えへ……えへへ……おっぱい、触られちゃった……天斗君のモノだって印を付けられちゃった♡」


 もちろんそうではない……それは分かっているのに、それでも私はそう思わずには居られなかった……だって誰にも触らせたことのないいやらしく育った大きな胸を、天斗君に触ってもらったから……揉んでもらったからに他ならない。


「もっとあげたい……もっと喜んでもらいたい……私は天斗君の為ならどんな風にもなれる……染まれちゃうんだから」


 胸を揉まれた時、微かに天斗君の喜びも感じ取れた。

 ……男の子だからと言ったらそれまでだけど、相手が天斗君だからこそ私は嬉しかった……もっともっと、天斗君の色に染まりたい。


「また一緒にお出かけ……したいな」


 でも……あれ?


「そもそも……なんであんなことをしたんだっけ」


 ……………。


「……………」


 ……あ、そうだった……慎に気付かれないようにって理由だったね。

 どうでも良いから忘れちゃってた。

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