第2話 通行止めはなく一方通行だけ


カラカラと馬車は進み続ける。僕はなんとも言えない沈黙の中で武器の手入れをしていた。みんなは共にやっていくことに妥協はしたが納得はしていない、そんな感じだ。


「カエン、いつもそれしてるわよね。どうせ戦いでは使わないくせに」

「常に準備は怠るなと教えられてるからね」


レーヌは呆れたようにこちらを一瞥するとまた読書に戻った。


僕は剣を使って戦うことはない。これはどちらかというと心構えの問題だ。だからこそ僕の魔法は無意識でも発動する、とも言えるのだが。


沈黙の中を馬車は進み続ける。


峠の中腹に差しかかったとき、僕は整備の手を止めた。

――それと同時にレーヌが口を開く。


「カエン、あなたも感じた。いや、でしょ?」

「ああ、前方にお客さんがいるみたいだ」


僕の《探知》の網に武装集団――四人、しかも一人は魔族――が引っかかった。おそらくレーヌも警戒し、魔法で探知網を張っていて気付いたのだろう。


彼らは峠の中腹、検問のまねごとをしている。確かにここなら石壁に囲まれて街道が狭く、都合がいいだろう。

――しかし、石壁は高く一本道で、敗走を考えると軽率な場所にも思える。

僕は御者に馬車を止めるように告げた。彼は少し困惑しながらも馬車を止めた。


「僕とレーヌが前。フェリシテは僕らの間に、丁度三角形を作るように。イザベルはその後ろから防御を頼む」

「……殺すのですか?」

イザベルははっきりとした声色で尋ねてきた。

「いや、捕まえるだけだ。行こう」

三人はうなずくと同時に馬車を飛び降りた。無論僕もだ。


馬車を降りて少し彼らとの距離を詰める。彼らはまだこちらに気づいていない。峠の中腹――木で作った簡単なバリケードの前で、彼らは通行人から金を巻き上げているのだろう。


今度は《探知》でなくで確認した。あれは――傭兵だろうか。身につけている服に帝国の紋が記されていないあたり、少なくとも正規兵ではない。


レーヌに目で合図を送る。彼女は「捕縛」の魔法を詠唱しはじめ、フェリシテは魔力の弓を具現化させた。イザベルはすでに防御結界を張っている。


僕は枷を思い描いた。父と見に行った、村の盗賊たちの公開処刑――彼らが嵌められていた、重々しい手枷と足枷。 念動力と凍結魔法の組み合わせ。道に転がっている石クズがくっつくイメージ。


頭の中でそれができると思った。その瞬間――街道脇に散らばっていた石クズが彼らのもとに一斉に集まり、思っていた枷の形を取って固定された。


――うまくいった。


もし失敗したら、レーヌの捕縛の魔法に頼ることになっていただろう。だがその魔法は「逃亡した奴隷」を捕らえるものである。できれば使いたくはなかった。それにさっき感じた違和感――こんな所で盗賊をはたらくのかどうかということもある。


みなが自分の役割を果たし、警戒しつつも距離を詰めていく。


「ちょっと!あれ治安維持担当の傭兵じゃない!?」


フェリシテが大声を上げた。僕らは何事かと彼女を見て――そしてすぐ、彼女の目線の先を見つめる


「どういうこと?街道において検問所を設置していいのは正規兵だけよ」

「だから彼らがそのなの!」


僕はよくわからなかったが、「このあたり」ではそれが普通らしい。つまり、正規兵ではなく傭兵に治安維持を頼むの慣例なのだ。治安維持を傭兵に依頼する制度自体は知っていたが、まさか旧国境地帯まで拡大されているとは知らなかった。


「とにかく、私がまとめるからあなた達は大人しくしててね」


僕はフェリシテの言葉を信用して彼らの拘束を解いた。


彼らのリーダーと思われる一人が僕を一瞥したあと、地面につばを吐く。僕が一言「すまない」と言うと少し驚いた様子を見せた。が、すぐに先ほどの横柄な態度に戻る。無言の威圧。それを見たレーヌが何かを言おうとしたが、僕は手で制した。


フェリシテは馬車に戻り御者から何かを受け取る。ちらっと見えたのは赤い蝋で封された手紙。そのまま、彼女は傭兵のリーダーにそれを渡しに行くと、何事もなかったかのように帰ってきた。


「じゃあ行きましょっか」


フェリシテは幌馬車に向かっていった。僕らは顔を見合わせながら後に続いた。途中、レーヌが明らかに不満気に尋ねてきた。


「あの不遜な態度を許すの?」

「君の考えもよくわかる。けど……」

「けど、なに?」

「僕らのルールが通用しないだけさ」


「つまり、あのは商人ギルドが販売していて、名目上は傭兵団による治安維持に対するということか?」

「そういうこと。上の連中はロクに給料を出さないからねー。しょうがなくってやつ」

「腐ってるわね。議会で承認された予算はどこに消えているのかしら」


レーヌが冷ややかな視線を僕に送ってくる。なぜ僕なのかはわからない。代わりにフェリシテが少し肩をすくめながら答える。


「首長が結構抜いてるのもあるけど、実務やってる役人も昇進するためにを出さなきゃだし、傭兵団も治安維持するには頭数揃えなきゃいけないし…」


なるほど。戦後すぐの動乱の時代――客死が街道で多発するような時代――には予算は多く出ていたし、需給のバランスも取れていたのだろう。結局は制度だけが人より長生きしたってことだ。


そう考えると僕は合点がいった。確かに木の簡易バリケードを使うわけだ、と。帝国の監察官やらが通るときには簡単に撤去できなくてはならないだろう。


そうやって一人で納得していると、レーヌは相変わらず僕に何かを訴えるような感じの視線を送ってくる。でも、正直フェリシテに何か言い返すつもりはない。レーヌから目をそらすとため息が返ってきた。彼女はあまり口が回らないのかもしれない。僕以外には。


「みな、生きるのに必死なのでしょう。我々にできることは彼らを裁くのではなく、彼らがより良き道をたどることができるよう祈るだけです」


いい感じにイザベルがまとめてくれたと思う。「そういえば」と、思い出したかのようにフェリシテが口を開いた。


「さっきのなに?

いきなり石クズがあいつらの足元に現れてびっくりしたんだけど?」


まあ、そうなるよな。僕は父から――「その力はできるだけ使うな」と言われて育った。実際父は正しい。使えば大抵、面倒な事に巻き込まれてきた。とはいえ、仲間には伝えておくべきだろう。


「もしかして、あれがってやつ?」

「知っているのか?」

「聞いたことがあるくらいで正直半信半疑だったけど――目の前で見せられたらねぇ」


またもフェリシテは好奇心満面の笑みを浮かべている。イザベルも少し興味があるのかこちらを見て穏やかに微笑んでいる。僕はこれについて語り始める――つもりだった。


「あれは――」

「あれはカエンの生まれつきの力よ。人間は魔法を理解・暗記・詠唱を――あなた達なら後ろ二つだけ訓練すればいいけど。カエンはそのどれも不要。言ってしまえば、魔法を見れば使えるってことよ」


レーヌが代弁してくれた。僕は彼女と付き合いが長いと思っていたが、彼女もそう思っていたのかもしれない。


「詠唱が不要だから同時に魔法を使ったりできるってことね。つまり――」

「魔法戦じゃ無敵じゃん。二つ以上同時に魔法を使えるって、相当手練れの魔族でもまずいないよ」


レーヌが更に僕の力について語って、残りの二人は熱心に聞いている。僕についてなんでこいつはこんなに知っているんだろうか。……学校時代はちっとも仲良くしてくれなかったのに。


レーヌが話す姿をなんとなく眺めて聞き入っていると、熱が入っていた彼女と目があった。


「私が彼のことを嫌っている理由がまさにその強さ。

そしてなにより――公平ぶって、そもそも戦わないことを選ぶところね」


結語が僕に対する敵対心なのは彼女らしくて少し安心した。


フェリシテはなんとなく彼女の気持ちが分かったような分からないような顔をしている。一方で、イザベルは「強さと公平さを両立することは素晴らしい」と、僕が恥ずかしくなるような褒め方をしてくる。


僕は公平を装っているわけでも、戦わないことを選んでいるわけでもない。

公平に戦うことが、ただ――できないだけだ。


戦いの最中に戦意が殺意に変わることなど、ままある。実際、父と拳闘士の戦いを見に行くと、観衆からこういう声が上がる。

「殺っちまえ!」「ぶち殺せ!」「殺せ!」

その怒号に呼応して戦いは激しくなり、最終的にはお互いの健闘を称え合い、観衆から拍手が送られる。


僕にできることは惨殺した相手を抱き起こし、観客を黙らせるか怯えさせることだけ。

彼女の度重なる勝負の申し込みも、そうなるのが怖くて受け入れなかっただけ。


――結局のところ僕は逃げている。でも、何から逃げてるの?


孤独から?


ふと目を上げると、フェリシテとイザベルがさっきの話について、ああでもないこうでもないと議論していた。レーヌの方に視線を向ける。少しの間見つめていたら、「なに?」と苛立った声で言われた。僕が「なんでもない」と答えると、彼女はまた読書に戻る。


これは一時的な疲労か、緊張が急に弛緩したせいだろう。

少し休もう。

少なくとも今の僕には――(一応仲間である)レーヌたちがいるのだから。


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