第2話 化け物の世界

「あはははは!」


 変わり果てた右腕を振るう。

 今は剣を模した姿をしている。

 約一メートルの長さがあり、大剣と呼べるほどだ。


 右手の黒い部分は、俺の思い通りに形を変えた。

 色々な形を試してみたけど、シンプルな剣が一番扱いやすかった。


 黒い腕は長くなるほど切れ味が悪くなる。

 だから、無茶苦茶長くして遠距離から攻撃するというのは無理だった。

 残念だ。


 緑色の化け物に囲まれる。

 子供の身長くらいで、頭に一本の角がある。

 身体能力も子供と同程度。


 こいつら程度が何体集まっても変わらない。

 相手からの攻撃が届かない位置で刃を振るう。

 たまに飛んでくる石に注意して、首を落としていく。


 あと三体。

 一体目は投石から身を守る盾として使い、その役割を終えたら殺す。

 二体目と三体目には挟まれないように動き続け、二体が同じ場所に固まった瞬間——刃を振って同時に首を落とす。


「……次だ」


 息を整えながら、次の標的を探す。

 さっきからこれの連続だ。


 化け物を探して、見つけて、殺して、また探す。


 ここら辺は狩り尽くしたのだろうか。

 最初は宝石を拾う暇がないほど化け物が絶え間なく襲って来ていた。

 今はもう探してもなかなか見つからない。


 一応、何かに使えるかもと思って宝石はポケットに入れている。

 そろそろ、ポケットに入り切らなくなりそうだ。パンパンになっている。


 どこかに宝石を纏めて置くことにしよう。

 どこか都合が良い場所はないだろうか。


 身軽になればもっと化け物を殺せる。


「いた……!」


 念願の化け物を見つけた。

 しかも、人間を襲っている最中だ。

 そろそろ情報交換のために人間と話したかったんだ。

 ちょうどいい。


「化け物! こっちだ!」


 化け物の注意を引く。

 振り向いた化け物の頭には、二本の角があった。

 一本角の奴より体も大きい。

 俺とほぼ変わらない。


「グゥオオオオ!!」


 化け物が叫ぶ。

 それに反応して体が強張る。


 化け物がただ叫んでいるだけなのに、俺の心拍数は急上昇している。

 心臓がうるさい。


「うぉおおおお!!」


 叫んで恐怖を誤魔化す。


 化け物は武器を持ってない。

 リーチは俺が圧倒的に有利だ。


 そのはずなのに、走って来る化け物を見ると恐怖心が湧き上がる。


 怖い。


 これまで戦ってきたヤツらとは段違いだ。

 つい、刃をさっきより長く形成してしまう。


 右腕を振るう。

 長い刃は重く、振る速度が落ちる。


 結果、化け物の腕に防がれた。

 分かっていたはずだ。

 刃を長くすれば切れ味が落ちて、致命傷を与えることはできない。

 これは恐怖心が招いたミスだ。


 二本角の化け物は口の端を吊り上げて笑う。

 防がれたとはいえ、刃が止まったのは腕の真ん中辺りだ。

 それなのに、笑っている。

 恐怖心というものが無いのか。


 俺は化け物が怖い。

 この化け物にこれ以上近づきたくない。

 これからも、この恐怖心が消えるとは思えない。

 それほどに強い感情だ。


 だから——卑怯に生きると決めた。


 刃の先を伸ばして、目を貫く。

 潰した感覚を得る。

 多分脳まで到達したと思う。


「ガァアアッ!!」


 両手で目を抑える化け物に確実な所まで近づき、距離が短くなったことで切れ味が良くなった刃を振るう。


 抵抗もなく、首が落ちた。


「ふぅ、そこの人、大丈夫ですか?」


 宝石を拾ってポケットに入れながら、壁に背中を預ける少女に尋ねる。


「ひぃ! 大丈夫だから、その剣をこっちに向けないで!」


 化け物に襲われている時よりも怯えて懇願された。


「あっ、失礼しました」


 俺は刃を引っ込めようとして——止まった。


「背中を見せてくれませんか?」


 無意識に、声が低くなる。


「な、なんで……?」


 少女は混乱しているように見える。


「違和感があるので」


 助けようと思った時には気づかなかったが、今こうやって正面に立つと分かる。

 少女は普通ではない。

 流れるような銀髪。整った容姿。きめ細かな白い肌。まるで人間とは違う造形をしている。

 見れば見るほど、違和感が襲ってくる。


「……違和感?」


「はい、違和感です」


 確証はない。

 ただ、猛烈な違和感を覚えるのだ。


「えっと、今怪我していて動けないから……」


 どうやら見せるつもりは無いらしい。

 手段を選んではいられない。


「見せないと、この剣で化け物と同じように——眼球を貫きますよ」


 刃を見せつける。

 パフォーマンスとして、近くの石垣に穴を空けた。


「ひッ! わ、分かった。見せるから!」


 その言葉を聞いて、刃を下ろす。

 少女は目に涙を溜めている。

 

 俺は何も言わずに背中を見せるのを待つ。

 そんな俺を見て、さらに泣きそうになりながら背中を見せようと動く。


 そして、とうとう少女は自身の小さいながらも、確かな存在感のある純白の翼を見せた。

 俺はため息をつく。

 助けた張本人がその人を殺す。

 気持ちの悪い話だ。


 俺が刃を振ろうとする瞬間——


「閃光!」


 光が視界を覆った。


「ぐぅあ!」


 目が痛い!

 何も見えない!


「助けてもらったのに、ごめん!」


 羽ばたくような音が耳に届く。


 やられた!

 まだ余力があったのか!


 助けに入った時、二本角の化け物に殺される直前に見えたから油断してしまった。


 逃げた先は空だ。

 翼のない人間の俺が飛ぶのは不可能。


 諦めるしか無い。


 ——本当にそうだろうか?


 そもそも、俺は人間か?

 最初は認識が追いついてなかったけど、俺の腕はどうなってしまったんだ?


 考え始めると、脳が侵食されていく。

 目が覚めたらこの黒い腕を使えるようになった。

 その原因はおそらく、あの化け物だろう。

 俺を殺した、憎くて堪らない化け物。

 黒い腕はあの化け物の姿を連想させる。


 あの化け物に殺されたから、この力を使えるようになった。


 吸血鬼の有名な話で、吸血鬼に血を吸われた人は吸血鬼になるというのがある。

 それと似たような話ではないだろうか。


 つまり、俺はあの黒い化け物と同じ種類の化け物になってしまった。

 認め難いが、筋は通っている。


 俺は化け物だ。


 それなら、空だって飛べるはずだ。

 腕の黒を背中に移す。

 ちょうど背中の服が破れている位置。

 そこから生やす。

 一対の翼。


 できた感覚がある。

 目も見えるようになった。


 重心を落とす。

 翼を高く持ち上げる。


 足で地面を蹴ると同時に、翼で空気を下に押し出す。


 ぐんぐんと景色が変わった。

 一瞬で屋根を見下ろす高さまで辿り着く。

 カラスや鳩が俺を避けて飛び、まるで俺が世界の異物のように思えた。


 俺は化け物の世界に足を踏み入れたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る