終末地域の縄張り争い〜魔物を殺しまくったら、いつしか魔王だと恐れられた〜

真田モモンガ

第1話 新たな力

 満月の夜、俺は死にかけていた。

 アスファルトを這って逃げる。

 だが、死の運命はすぐ後ろまで来ていた。


 動きの悪い首を必死に回して、後方を見る。

 化け物が俺に齧り付く瞬間だった。


「がぁあああ!!」


 悲鳴が夜に響く。


 体はもう動かない。

 唯一動く眼球で化け物を捉える。


 それは明らかに生物ではなかった。

 夜よりも一段暗く、影のような存在。

 形がなく、輪郭が曖昧だ。


 この化け物はマンホールから現れた。

 そして、たまたま居合わせた俺は逃げる間もなく襲われた。


 なんで。

 なんで、こんな目に……

 俺が何をしたって言うんだ!


 視界がぼやける。

 痛みも既に感じてない。

 雨の匂いも消えた。

 五感が一つずつ失われていく。


 しかし、胸に渦巻く感情は消えなかった。


 殺してやる。

 許さない。

 絶対に。

 ——俺を苦しめた奴を殺す。


 激情を抱きながら、目を閉じた。



 #



 目を開けると、太陽が眩しかった。

 雨も降っておらず、澄んだ空が広がっている。


「生きてる……?」


 思わず声が出た。

 夢だったのだろうか。

 夢にしてはリアルだった。

 あの痛みと恐怖は夢が作り出した物とは思えない。

 アスファルトにうつ伏せで倒れていたので、起きて立ち上がる。


「なんなんだよ、これ」


 目に入った光景は異常だった。

 大量の車が道路に放置され、その上で犬や猫が居座っている。

 路上には持ち主のいない衣服が散らかっている。


 不気味なほど静かな街。

 いつもの人間の声がないからだ。


 おかしい。

 だけど、夢だと思ったアレが現実なら辻褄が合う。


 マンホールから化け物が現れて、世界が壊れた。

 馬鹿馬鹿しくて絶望的だけど、一番可能性が高い。

 しかし、それなら俺はなぜ生きているのか。

 俺は確かに死んだはずだ。

 あの怪我で助かるとは思えない。


 喰われた背中を触る。

 あまり筋肉の付いてない、平坦な肉があった。

 手と背中を遮る布は無い。


 ガラス張りの店に背中を向ける。

 映るのは汚れが目立つ黄色いパーカーを着た男子高校生。

 だが、背中の喰われた部分の服が無かった。

 ぽっかりと空いた穴から俺の肌が見えている。


 もう分かった。

 俺はあの化け物に喰われて死んだ。

 そして、何が起きたのか生き返り、体も元通りになった。


 なぜ、生き返ったのか。

 それはどうでもいい。


 ただ、憎い。

 腹が立つ。

 許せない。


 今までに感じたことのない感情が胸をぐちゃぐちゃに掻き回す。


 殺されて生き返った俺だけが知る感情だろう。

 唐突に、理由もなく殺された。

 全てを壊される痛みを知った。

 

 鏡に映る右手が黒く、そして一本の刃へと姿を変えた。

 その右手は昨夜の化け物と同じように暗く、影の如く輪郭がぼやけていた。


「キシキシッ」


 背後から声が聞こえた。

 振り返ると、大きな石を握った緑色の化け物が走って来ていた。

 昨夜と姿が重なる。

 俺が何もできなければ、ここで死ぬ。


 黒く変質した右手を見る。

 今の俺には戦う力がある。


「うぉおおおお!!」


 自身を鼓舞するために声を上げて、化け物へと突っ込む。


 リーチは俺の方が長い。


 しかし、化け物は俺に石を投げた。

 目でそれを捉えるのと同時に、左に体重を傾けて右足で地面を蹴る。


 石は右頬を掠る。


「ふんッ」


 左から右へと、化け物の首を両断する。

 首が転がる。


 それと同時に、化け物の首と胴体が光になって消えた。

 残ったのは緑色の化け物が身に付けていた布と、綺麗な緑色の宝石らしき物だけ。


 なるほど。

 路上に大量の服が落ちていたのはこれが原因か。

 

 死んだら身に付けていた物と小さな宝石を残して、体は消える。


 試しに近くに落ちていた服の中を漁ると、化け物のより小さく、透明な宝石を発見した。

 

 死体を見ないとは思っていた。

 だが、違った。

 この落ちている服が死体なのだ。


 これだけ沢山の人が死んでいる。

 悲しいことだ。


「あぁ、化け物を殺さないと」

 

 俺は化け物を殺す口実が増えて嬉しいと思ってしまった。

 これが人間として正しい感情か分からないけど、しばらくこの感情に身を任せようと思う。


 そうしないと、身が焦がれそうだ。

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