知識Ⅰ:消えた case by case

ある日、世界から「知識」という構造そのものが転移した。


本は残り、文字も読める。だが、それらを結びつける“理解の道”だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。




歴史をひもといても、誰も「原因」を指し示せない。


実験は行われ、観測はなされるが、結果はただの数字の羅列として沈黙している。


「なぜ」を問うことはできても、その「なぜ」を支える論理の足場が存在しない。




人々は語る。


「私たちは、巨人の肩の上に立っていたのではなく――肩そのものにすがっていたのだ」と。


その肩が消えた今、知の地平は霧に沈み、進むべき方向を見失った。




文明はすぐには滅ばなかった。


機械は動き、電気は流れ、都市は輝き続けた。


だがそのどれもが「どうしてそうなるのか」を説明できないままに稼働していた。




学ぶという行為が、“因果を知ること”ではなく“記すこと”だけになった。


ページはめくられるが、理解は生まれない。




やがて人々は、足場がないない地平に立ち尽くし、


ただ、遠い昔に「知る」という行為があったことだけを―ー思い出そうとした。

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