第三話

「んん…」


あまりの寒さに目を覚ます。壁掛けの時計はカチカチと寂しい音を立てていた。


ジュホンが俺の腕を枕にして寝てる。あ、昨日大部屋でババ抜きしててそのまま寝たんだ。


「イタタタ…」


慎重にジュホンの頭をおろして起き上がると腕が突然痛みを思い出して思わずちぢこまる。まだ5時40分。大部屋のデカイ窓の向こうに青ガラスのような冷たい空が広がる。


「喉いた…」


水飲みたいな、部屋戻って二度寝しよ…。フラフラと大部屋を出ると冷え切った廊下はほぼ氷だった。


「?」


あれ、ミニョガ俺のベッドで寝てる。


「ミニョガ〜ベッドまちがってるよ〜」


肩を軽く揺らすけど、柔らかい寝息を立てて心地良さそうに眠っている。まあいっか俺が上で寝れば。


ベッドから手を離して床に散らばったペットボトルやらプリントやらをちょこっと机に載せる。びっちり付箋が付いた参考書を軽くめくるとメモまでびっちりされていた。


「ヒョンウォナ、?」


「おわ、びっくりした」


顔を上げるとまだ空な目のミニョクがベッドにあぐらで座り直していた。


「なんでそっちで寝たの」


「こっちで寝たかったから」


「…?」


よくわかんないけど全身を襲う眠気でぼーっとして、言葉も出てこないままその場に座りこむ。


「ヒョンウォナ」


「ん?」


「今日遊園地行かない?」


「今日?」


寝ぼけてるのか本気なのかなんなのかわかんないけど、今日平日… しかもミニョクこそ就活いいのかな


「メリーゴーランド乗りたい」


「あ〜…今日俺講義だなあ」


「そっか、そうだよね」


月が沈んでもう遠くで鳥が鳴いていた。ミニョクは相変わらずうつらうつらこっちを見てるだけ。


「ヒョンウォナ」


「ん?」


「ちゅーしてみよう」


「……ん?」


薄暗い小さな2人部屋の中に小さなミニョクの声が響く。


「あは…男子校あるある?」


「ううん」


「…?」


「ちゅーしたい」


スマホから顔を上げて少し高い位置にいるミニョクの方を見ると窓から差し込む細い朝陽がちょうどピンク色の頬を照らしてくれた。人間らしいミニョクの顔を久々に見た気がした。だから、揶揄ったらいけない気がした。


「なんで?俺と?」


「うん」


「なんで俺となの?」


「ただちゅーがしたいから」


修飾語がない…。でも、なんか、


「…ん」


膝をついてベッドに手を置く。頭を寄せると二段ベッドの下は一層暗くて変に心臓が跳ねた。


「…んんっ」


ミニョクが耳までオレンジ色にして視線を外す。唇に熱が伝わって生きてるんだなぁなんて単細胞なことを考えながらもう一度だけ近づく。


「なに…その顔」


「ヒョンウォナ、唇やわらかい」


「そう?」


さっきまで死ぬほど寒かったのに急に首から上が熱くなる。ウイスキーでも飲んだみたいに綺麗なピンクのミニョクの唇が目の前にあって、人生で感じたことのないぐちゃぐちゃした気持ちが襲ってくる。


「ヒョンウォ…ナ…」


「なに」


「続き…したい」


食堂の方からキーッと水が流れる音がする。誰か起きたっぽい。あれ、鍵閉めたっけ。まあいっか閉めてなくても。


ふわふわと遮光カーテンが揺れてミニョクの白い体に影ができる。誰かになんでって聞かれたら「ただそうしたかったから」って言えばいい。


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「あれ…ミニョガは?」


「もうスーツで出て行きましたよ」


「そっか」


相変わらず全休の食堂にいるのはインドア人間のキヒョンとチャンギュンだった。蛇口を捻って水道水をコップに注ぐ。最近喉が痛い。俺も風邪かな。


「ヒョンウォニヒョン、ミニョギヒョンとなんかあったんですか〜?」


「ぶっ…」


「うわ!なにお前汚えな!」


キヒョンが眉間にシワを寄せてダスターを広げる。なんか、って、みんな知ってるのかな… あんなにまあいいかって覚悟したのに、いざ知れ渡ると思うと…


「昨日丸聞こえでしたよ」


「うん、丸聞こえ」


「…。」


咄嗟に唇をギュッと噛む。未だに昨日の熱が全身にすぐ戻ってくる。


「しかもヒョンウォナ、大部屋のパソコン使ったでしょ」


「んえ…?」


「遊園地行くんですかぁ〜?チケットの取り方調べたんですかぁ〜?」


もう隠す気も失せて思わず笑う。盛り上がる2人に内緒、ってとりあえず口止めして席を立つと、窓の外に雪が降るのが見えた。


「明日も聞きに行っちゃお」


「盗み聞きとか趣味悪いよフェラ男〜」


「…それ俺のことですか?」


雪積もるのかも。いつもより厚めのスニーカーに足を入れて寮を出ると白い息が空気中に溶ける。明日はミニョクが早く帰ってきたらいい。昨日のあの星空みたいな目を、もう一回、見たい。


つづく


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