第2話
「それで、先生は今まで何していたの? 他の女と浮気とかじゃないよね?」
「浮気って……酷い言われ様だなぁ」
「だって、先生は私以外の女にも優しいじゃん」
「それはそうだよ。だって、知世も他のみんなも、僕の大事な生徒なんだから」
「ほら、そういうところが良くないんだってば」
知世は不服そうな表情を浮かべながらも僕に近付いてきた。
そしてそのまま僕の前に立つと、じっとこちらを見つめてくる。
「……やっぱり、先生って女誑しだよね」
「女誑しだなんて、それは心外だよ。異性にモテた経験も無いし、そうした縁が無いからこそ、この歳になってもいまだに彼女も嫁さんもいないっていうのに」
「……」
「って、痛い痛い! ちょっと、蹴らないでよ」
彼女は不満そうにしながら無言で僕の脛を蹴る。
しかし本気で蹴っている訳では無いから、痛くはあるもののさほどダメージは無かった。
「いきなりどうしたんだい、知世」
「……別に」
そう言って彼女はそっぽ向いた。僕が困った様にしていると、彼女はぼそりと呟く様に言う。
「先生はしばらく独身でいれば良いんだよ」
「どういう意味かな?」
「そのままの意味」
それから知世は改めて僕の方を向くと、真っ直ぐ僕の目を見つめながら告げてきた。
「先生の為に言っとくけど、あまり他の女に優しくするのは止めた方がいいよ」
「……どうして?」
「いつか絶対、襲われるか刺されたりするよ」
「いや、そんな事無いでしょ。だって僕だよ?」
「その自覚が無いのが先生の一番怖い所なの」
「?」
僕は良く分からなかったけど、取り敢えず頷いておく事にした。
そして彼女にこう問い掛ける。
「まぁそれはそれとして……今日はどんな用件で呼んだのかな?」
「用件? 別に、用件っていうほどじゃないけど……ただ、先生に会いたかったから呼んだだけ」
「……本当にそれだけなの?」
「うん」
当たり前のように頷く彼女に僕は思わず溜息を漏らす。それから改めて口を開く。
「あのさ、知世。僕もそこまで暇じゃないんだよ。一応、先生という立場だからやる事だって沢山あるし……」
「いいじゃん、別に。困っている生徒のケアが先生の仕事なんだから、それくらい付き合ってくれてもいいでしょ?」
知世は悪びれもせずにそう言った。
そんな彼女に対して、僕はまた溜息を吐く事しか出来なかった。
「全く……分かったよ。それで何をご所望なんだい、お姫様?」
「お、おひっ!?」
「ん?」
僕が知世に向けて何を望んでいるのかを尋ねると、何やら彼女は顔を赤くしながらこちらを見つめてくる。
「どうかした?」
「その……さっきのやつ……もう、一回」
「え? 何が?」
「……っ! あぁ、もう! 何でもない!」
そう言いながらも知世は僕をじっと見つめていた。
そんな彼女の様子に首を傾げる。そして問い掛ける事にした。
「何か気になる事でもあった?」
すると彼女は顔を背けながら小さく呟いた。
「……別に」
知世はそう言って、もう一度こちらを見た。
その後、頬を赤らめたまま、照れくさそうにはにかむと、改めて口を開いてこう言った。
「やっぱり先生には敵いそうにないなぁ……って思ってさ」
「それは……どういう意味で?」
「そのままの意味。他意は無いよ」
彼女はそれだけ答えると、僕に向けて背を向けてしまう。
その耳はほんのりと赤くなっていた。
「それで今日は何するつもりなのかな?」
「んー? そんなの決まってるでしょ」
そう言うと知世はゆっくりと振り返り、微笑みながら告げてくる。
「デートしようよ、先生」
******
「んー、夜風が気持ち良いね、先生」
「そうだね」
僕と知世は学園から少しだけ離れた場所にある公園を歩いていた。
僕の横では知世が笑みを浮かべつつ、ご機嫌な様子である。
「……それにしても」
「うん? どうしたの、先生?」
「最初はデートなんて言われた時、どんな場所へ連れていかれるかと思っていたけど……こんな所で良かったの?」
そう言って僕は目の前にある公園を眺める。
すると、知世は微笑を浮かべながら答えた。
「良いじゃん。たまには夜の散歩も悪くないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「それとも……先生は私がもし、夜景の見えるオシャレなレストランでディナーを奢って欲しいって言ったら、付いてきてくれた?」
「いや、流石に僕の懐事情的に、それは無理だから断るけど」
「でしょ? だから、これくらいでちょうど良いんだよ」
そう言って知世は上機嫌な様子で鼻歌を歌い出した。
そんな彼女の横顔を見て僕は改めて考える。こんな所に何しに来たんだろう?
そう疑問に思ったが、楽しそうにしている彼女を見ていると特に問い質す気にはならなかった。
なので、彼女に言われた通りに夜の散歩を楽しむ事にしようと思う。
そうして僕らはゆっくりと園内を歩いていく。
と言っても、特に何かがあるという訳が無いので辺りをぶらぶらと歩き回るだけなんだけど。
「ねぇ、先生。あっちに行こ?」
「ああ、うん」
知世が指差す方向へと向かって行くと、そこにはベンチがあった。
僕らはそこに並んで腰かける。それから特に話す事も無く、ただぼーっとしていた。
すると、隣に座っている知世が不意に身を寄せてくる。
「……」
「どうしたのかな、知世?」
「んー……なんとなく」
彼女はそれだけ言うと、ゆっくりと空を見上げた。
僕も彼女に倣って上を向く。そこには無数の星が輝いていた。
その光景に僕は思わず見蕩れてしまう。
前に絵里香が言ってたけど、本当に星が綺麗だ。
そして輝く星の中に紛れて、月が大きく浮かんでいる事に気付いた。
それはまるで夜空にぽっかりと穴が空いたかの様な錯覚を覚える程の大きさ。
とても神秘的な光景だと思った。
「先生は何を見てるの?」
「ん? 月を、ね」
「月?」
「うん。ほら、見てごらん? 月が凄く綺麗だよ」
そう言って僕は月を指差してから知世に視線を向ける。
すると、何故か彼女は目を丸くしてとても驚いた表情を浮かべていた。
「知世?」
「あぁ……うん、そうだね。確かに綺麗だね」
知世は何やら歯切れが悪そうというか、戸惑っている様子だった。
そして彼女は夜空を見上げると、小さく溜息を吐く。
「それにしても驚いたよ……まさか、先生の口からそんな言葉が出て来るなんてさ」
「え? それってどういう意味かな?」
「うーん。それは自分の心に聞いてみればいいんじゃない?」
知世はそう言うと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
僕は首を傾げるしか無かった。
そして彼女の言葉の意味を考えてみるが一向に答えは出ず、ただ時間だけが過ぎていった。
しばらくして知世は満足したのか立ち上がると、こちらへと向き直った。
「さてと、そろそろ帰ろっか」
「……そうだね」
僕はそう答えつつ立ち上がる。それから僕らは来た道を戻る事にした。
帰り道も特に何か変わった事も無く、僕らは淡々と足を動かしていく。
ただ、行きと違って会話は少なかった気がする。
「……先生って、誰にでもあんな事を言ってるの?」
突然、隣を歩いている彼女がそんな事を口にした。
僕は首を傾げて聞き返す。すると彼女は少しムッとしながら言葉を続けた。
「だから……私以外にも、その……月がとか綺麗とか言った事があるのかなって思ってさ」
「え? いや、言った事は無いと思うけど……それがどうかし……」
「本当に? 本当に言ってない? 絶対?」
僕がそこまで言葉を言いかけると、知世は僕の言葉を遮って口を開いた。
「う、うん……言った事は無いと思うよ」
僕は戸惑いながら返事をすると、知世はホッと胸を撫で下ろしていた。
そんな彼女の様子を見て僕は首を傾げるしかなかった。
「そっか……なら、良かった」
「……知世?」
「何?」
「いや、その……今のは、どういう?」
「ふふ、本当に何でもないよ。気にしないで。それよりも、さっきの言葉……私以外の誰にも言っちゃ駄目だからね」
「わ、分かったよ」
僕は困惑しつつも頷く。すると、彼女は満足げに微笑むと、そのまま前を向いて歩き出す。
その横顔はとても上機嫌に見えて、とても明るく見える。
けれど、何故か一瞬だけその表情が寂しげに見えたのは気のせいだろうか?
そんな事を考えつつ、僕は彼女の隣を歩いていくのだった。
そしてその後、知世とは途中で別れて僕は学校へと戻って行く。
彼女との時間の為に荷物や仕事を残したまま出てきてしまったので、早く戻る必要があった。
「さてと、もうひと頑張りするとしますか」
僕はそう呟いて、足を速めるのだった。
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