第11話 桜の下で、君を見送る

 三月。

 校庭の桜はまだ五分咲きだったが、風が吹くたびに花びらがひとひらふたひらと舞い落ちてきた。

 駅へ続く道は、送別の季節を惜しむように、やけに静かだった。


 亮は真司と並んで歩いていた。

 手には、冬に受け取った銀色のペンダントが握られている。

 ――あと数時間で、この手を離さなきゃいけない。

 そう思うだけで、心臓が胸の内側を痛く叩いた。


 駅のホーム。

 スーツケースの金具が光り、真司の周りだけが旅立ちの空気を纏っていた。


「向こうに着いたらすぐ連絡する」


「……ああ」


 亮は笑おうとしたが、口角が震えてしまう。


 ホームにアナウンスが流れる。

 電車が近づく音が、耳に、心に、迫ってくる。


「なあ亮」


 真司が小さく呼びかける。


「俺……お前のこと、ずっと――」


 その先の言葉は、電車の音にかき消された。

 聞こえなかったのか、聞きたくなかったのか、自分でも分からない。


 ドアが開く。

 真司が一歩、電車の中へ踏み出す。

 亮は咄嗟に手を掴んだ。


「……絶対、戻ってこいよ」


 真司は振り返り、笑った。

 その笑顔が、花びらのように脆くて、眩しかった。


 電車が動き出す。

 離れていく背中を、亮は追い続けた。

 遠ざかるたびに、胸が苦しく、喉が詰まり、呼吸が浅くなる。

 ペンダントを握る手の中で、銀色の冷たさがやけに重く感じた。


 桜の花びらがひとつ、亮の肩に落ちた。

 それは、真司の代わりに残された、儚くて温かい欠片のようだった。




#BL


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