金も愛も
白川津 中々
◾️
彼女の過去については全て知っていて、そのうえで付き合って同棲を始めたわけだが、ここにきて、揺らいでいる。
金がない。
二人で貯めていた現金の一部がなくなっていた。部屋に出入りしているのは俺と彼女のみ。互いに交友関係が狭いから誰かを招き入れるといった事もないため、必然容疑者はいずれかになる。俺は断じ取っていないから、彼女を疑わざるを得ず、愛する人間との間に心理的な距離ができてしまったのだ。
この心境は俺に大きな歪みを生じさせ、想像以上に考えを乱された。彼女の過去を、人を騙し刑務所に入っていた事を承知で「信じる」と誓い始めた生活である。もし信じられなければ破綻してしまう。それを、受け入れられるのか。
話をすべきか。
いや、するべきだ。真実はともかく、一度しっかり向き合わなければならないだろう。だが、どうしてか、そうしたくない。
もしかしたら俺の想いは「信じる」ではなく「信じたい」ではないのか。そんな自問が、彼女との対話を躊躇わせる。俺は、犯罪歴のある人間を愛していると嘯く自分を肯定し、善人であると、聖の側にいると陶酔している人間かもしれないと考えてしまう。逡巡が、衝動を堰き止める。
俺は彼女を愛しているのか。
疑念が自分自身に向けられる。悦のために彼女と交際しているのだとしたら、それは彼女が犯した欺きの罪と同じだ。彼女が金を取っていたてして、それを咎める資格があるというのか。それに……
「ただいま」
「……おかえり」
俺は帰ってきた彼女になにも言わなかった。考えてみたら二人の金。少し使う分なら目くじらを立てる事もない。それに……それに、もし彼女に「愛してなんかいないくせに」と言われたら、俺は自らの偽りを認めなくてはいけなくなる。それは、それだけは、受け入れられなかった。俺は犯罪者であっても分け隔てなく接する博愛者でなければならないのだ。
なくなった金はどこへいったのか、愛の真偽と同じく、分からないまま。だから彼女は未だ潔白のままだし、俺は彼女を愛している。これでいいのだ。なにも知らないまま、金も愛も、ぼやけたままで……
金も愛も 白川津 中々 @taka1212384
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