第十一章

 「今日で三日間の撮影は終わりです。皆さんお疲れ様でした」

 そう言って栃木県の那須ハイランドパーク貸し切りの撮影は終わった。貸し切りとは言っても早朝撮影で営業まで終わらせないといけない忙しいスケジュールだからプレッシャーで押しつぶされるかと思ったけど、アリスが悠の手を握ってくれたから何とかこなせた。「仲いいね、付き合っているみたい」と他のメンバーやスタッフにからかわれた。あのセックスからアリスとは本当に仲良くなった。セックスからの友情なんて不純かもしれないけど、でも、してよかった。

 「この後どうする?」

 アリスが聞く。この後はフリーだ。せっかく土日と月曜日まで仕事で学校には公休届けだしたから、午後くらいは遊んでいきたい。せっかく遊園地とアウトレットを舞台に撮影したんだから、思い出作りに遊ばないと損だ。

 「デートする?」

 その言葉にアリスは「うん!」と嬉しそうに頷く。



 ピンクの長い髪のアリスは本当に女の子のようだ。

 黒いゴスロリの服に地雷系メイクをしている。対して悠は黒ジャケットに白いバラの刺繡が入ったシャツを着ている。髪はテーマカラーの水色にしている。耳には大好きなピアスで飾られている。遊園地ではジェットコースターに乗りまくった。アリスは絶叫系が好きみたいで、降りたら秒でもう一回! っていうから死ぬかと思った。十回目で流石にギブアップした悠は青ざめてベンチで休んでいると係員さんが水をくれたけど、吐きそうだったから断った。

 「すごいね、君の彼女」

 「メンズなんですよ」

 「え? そうなんだ! いやぁ、すごいな。令和だな」

 何が令和なのか分からないけど、確かに平成中期ごろは男の娘って言葉はなかった。あの頃は女装男子って直接的な言葉だたけど、バカとテストと召喚獣というライトノベル原作の木下秀吉が女の子のような見た目から男の娘という言葉が生まれだした。アニメだと男湯、女湯の真ん中に秀吉湯っていうのがあって、秀吉が性別のひとつって扱いだった中学のクラスでも、まだ漫画レベルの楽しみだった子が多い中、悠は休みの日には女装するようになったし、メイクも少しずつ覚えた。

 しばらくしてアリスが降りてきた。

 「楽しかった!」

 「良かったね」


 そう言って悠はアリスの頭を撫でると、えへへへ、とアリスは笑う。

 「悠はどうして今日は彼氏役なの?」

 「さぁ、MVの監督がそうした方がいいって」

 「ふーん、姫系で売るってのに変なの!」

 多分、と悠は思った。多分、悠はどっちかというと可愛い系メンズポジションなんだ。だから今日は彼氏役でMVでもアリスとデートシーンを撮られた。撮影の中でアイスをアイスに食べさせるシーンでは周囲のスタッフが声が入らないように歓喜していた。

 「ねっ、MVと同じようにアイス食べない?」

 アリスはそう悪戯好きな猫のような、小悪魔のような顔をした。



 「はい、バニラですね。おふたつでよろしいでしょうか?」

 小さな屋台のようなソフトクリーム屋さんでアイスを買うことになった。アリスは店員さんにひとつでいいですと伝えると、店員さんは少しキョトン顔した後、段々と顔が赤くなってきた。

 「あ、かっ、かしこまりました~」

 何か勘違いしてない?

 単純にアイスのシェアだよ?

 悠はそう思っている。こういう時、エロい事は積極的なのに他の事になると鈍感になる悠だった。



 「はい、悠あーん」

 「あーん」

 パシャ!

 パシャ? 見るとアリスがスマホで撮影していた。画面には片眼をつむったアリスと口を開けてアイスを食べる悠が写っている。

 「うん、よく撮れた」

 「インスタ用?」

 「うん、最近フォロー増えてうれしいんだ。アイドルって楽しいね!」

 「僕も撮る」

 「じゃあ、今度は悠が食べさせてよ」

 「うん、良いよ」

 そう言って悠は小さなスプーンでアイスをアリスに差し出す。だけど、その仕草がなんかエロかった。なんで? 普通にアイス食べさせるだけだよね? アリスは自分でエロチックな風に写真撮ろうと企んでいたくせに悠の方がフェロモン漂わせて、尚且つ無自覚だから余計ドキドキする。

 「ほら、アイス溶ける」

 「うっ、うん……」

 そう言ってゆっくりとスプーンをアリスの口に運ぶ。

 (なにこれ、普通にアイス食べるだけなのにエロい気分になる……)

 気づけばアリスは写真を撮る事を忘れていた。

 「うまい?」

 「……うん」

 「もう一口食べる?」

 「食べる」

 今度こそインスタ用撮らないと、とアリスは思った。



 その日の夜、アリスのインスタアカウントの通知は止まなかった。

 20時の時点でもう既に800件のいいねが届いていた。その写真が悠に食べさせてもらっている写真で、必死に撮った写真だが、アリス視点で悠のどエロい顔がフェロモンたっぷりで見える。

 普段姫系衣装着ている悠が少しチャラい服装でクズ系イケメンみたいにアイス食べさせているんだから、たまらん。

 『悠男装バージョンに食べさせてもらった』

 そうタイトル着けて、タグも#男装、#アイドル、#腐男子にしていたらめっちゃ来た。男装は詐欺タグになっちゃうけど、普段は姫系か可愛い系だから良いかなと思った。でも、その結果、いいね数が大量に来るのは嬉しい、嬉しいけど………。

 「なんで僕のは普通なんだ!」

 アリスはベッドにスマホを投げた。456いいね。充分多いとは思うけどアリスにとっては悠に負けている感じがして不満だった。見た目は僕の方が可愛いのにとは思う反面、悠の可愛さには負けるよなぁという素直な感想半分だった。

 「ふん!」

 嬉しい悔しいという感情の他に嫉妬が混じっているのをアリスは自覚していない。

 「僕の悠なのに………」

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