第14話

「本当にいいの……?」


「アレを見て一人で夜を過ごさせるほど、薄情な人間にはなれませんよ」


 神の参列を目の当たりにした茉央は、レオンの事を心配して何度も帰っていいと告げる。


 しかし、レオンは茉央を一人にした方が危ないと判断して帰らなかった。


 茉央としても一人でいるのは不安で仕方がない。


 一緒に居てくれて嬉しい気持ちと、巻き込んでいるという罪悪感が混ざり合った感情。


 茉央は上手く言葉にする方法を知らなかった。


 ただ一つ後輩に向けるものではない事は、茉央でも自覚している。


 レオンに向ける気持ちは誰にも明かす事なく、心の中で朽ち果てさせようと決めていた。


 この怪奇現象が終わった時、またよくいる先輩と後輩に戻れるようにする。それこそがレオンにとっての一番だと、信じていた。


 無事に縁切りが成功し、日常に戻る。たったそれだけなのに、寂しいと思った自分の声を茉央は無視した。


「どうぞ」


「お邪魔します」


 鍵を開けてレオンを家に招き入れた時、茉央は違和感を感じる。


 自分が好きなシトラスと石鹸の香りではなく、爽快感はあれど、濃厚な甘さとスモーキーな香りが漂っていた。


 何処かで嗅いだ事のある香りなのに、思い出せない。


 その香りは隠れるように一瞬で消えたものだから、気のせいかもしれないと茉央は疑問から目を逸らした。


「手を洗ったらソファーで座ってて」


「分かりました。洗面所借りますね」


 レオンに洗面所を案内した後に、キッチンに向かった茉央に、違和感がまた一つ顔を覗かせる。


「……陸のマグカップが割れている?」


 形見代わりにしていたマグカップが、不自然なぐらい粉々に砕けているのを発見した。しかも、落ちた訳でもなく棚の中で砕けている。


 まるで誰かが力任せに砕いたように見えて、茉央は身震いをする。


「先輩どうしましたか?」


「あっ、ううん。なんでもないよ」


 洗面所から出てきたレオンが話しかけた事で、現実に戻れた茉央は咄嗟に笑って誤魔化した。


 その様子を見て深く追求しなかったレオンがソファーに座ったのを見た後、無事なマグカップ達で二人分の紅茶を淹れる。


「お待たせ〜」


「ありがとうございます」


 マグカップを受け取って、茉央が隣に座った後レオンは視線を合わない。


「レオンくん、紅茶苦手だった?」


 不思議に思った茉央が尋ねたのを皮切りに、レオンは静かに口を開いた。


「先輩って誤魔化す時、笑う癖ありますよね。棚で何かあったんですか」


「……えっ?」


 茉央の動揺が露わとなり、飲むつもりだった紅茶の表面に波紋が起きる。


 何ともないように振る舞ったはずなのに、何でバレたと目を泳がせた茉央。レオンは真っ直ぐ見つめた。


「流石に分かりますよ。もし自分に気遣っているつもりなら、辞めてください。僕はそんな頼りない後輩ですか?」


「そ、そんな事ないよ」


 レオンの強めの口調に、戸惑って声を震わせる。頼りないなんて思わない。


 むしろ、頼れる人が彼しかいないからこそ、怖かった。


 やっぱり逃げてばかりだと自分を責める茉央は、ぎゅっと拳を強く握り締める。


「実はさ、陸のマグカップが……」


 ──チリン。


 響いた鈴の音と共に、明かりが消え去った。茉央が持っていたマグカップが床へとゆっくりと落ちる。


「先輩っ!」


 レオンの響き渡った声と共に、鳴り響く雷鳴。降り始めた雨は、神の怒りを表していると錯覚しそうだ。


 風もなく揺れたカーテンの隙間から伸びた影には、真っ赤な目が浮かんでいた。

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