第二十六話 束の間の休息

その後、泣き疲れて寝てしまった黄を緑が背負い、俺たちは石碑を後にした。

さすがに帰りは人を背負いながら階段を下りるのは危険ということで、全員一致でぐるっと回る緩やかな遠回りの道を帰ることにした。


それにしても今日の体験は一段と不思議な体験だった。巻き込まれるようになってからもこんな体験をしたことは一度もない。今も耳には小鳥の神様の鳴く声が残っていてどことなく夢でも見ていたような感覚だ。


みんなも疲れているのか誰も口を開こうとしない。


さっきの光景に感動していた青も鼻をすすりながら黙り込んでいる。

なんか落ち着かないな。


「とりあえず、うちに戻るか。悠斗も背負いっぱなしは疲れるだろ?」


「そうしてもらえると助かるっスね」


苦笑いで緑が答える。もう少し歩けば到着だが、その前に黄が起きたら恥ずかしさに耐えきれず暴れだしそうだな。


「なんか小腹好いたな」


「何か飲みたいです」


「甘いもんが食いたいのぅ」


おいおいそれは俺への注文か?


「わかった、店に着いたらなんか出してやるから少し我慢しろ」


また沈黙が流れるが、さっきよりかは空気が軽くなったような気がする。

心なしかみんなの足取りも軽くなっている気がする。


お、店が見えてきた。ショルダーバッグから鍵を取り出しドアを開けてやる。



「やっと着いたー」


「お疲れさん、美咲はそこのソファにでも寝かせてやればいい」



緑が足をぷるぷるさせながら黄をBOX席のソファにゆっくり降ろす。

とりあえず起きるまで一息つこう。


みんなも疲れていたようでテーブルにカウンターに思い思いに突っ伏す。


俺も小腹が空いたしな、そろそろ時間はおやつ時だしケーキでも振舞うか、と冷蔵庫からケーキを取り出す。


「ケーキ!!」


青が今まで見たことのない食いつきを見せる。


「おぉー!うまそー!!」


「これは大地君の手作りかい?」


「当たり前だろ、自分で作った方が美味しいからな」


「え!?作れるんスか?ケーキ」


青が俺に向かって拝み始める。やめろ神格化しそうだ。


コーヒーとオレンジジュースを添えて出してやると、急にみんなの姿勢が良くなる。

さて俺も食お。

ビターな重すぎないチョコケーキに酸味のあるベリーソースと少し甘めのホイップクリームを添える。俺のおすすめケーキだ。


「おいひぃれふ♪」


「こりゃ美味いな!」


「甘すぎないのがまた良いっスねぇ」


「うむ、上品じゃのぅ」


だろうだろう。自分の顔がどや顔になっているのが鏡を見なくてもわかる。がしょうがない。その通りなんだから。

うん、この絶妙な甘さが体に染みる。



視線を感じ端のBOX席に目をやると背もたれからこっちをジトッとした目つきで見ている黄がいた。


「...ずるい」



みんなが声に反応して振り返る。


「美咲さん!もう大丈夫なんですか!?」


青、近づいていく前に口の周りのクリームとベリーソースを拭きなさい。ほら見ろ黄がジト目でにらんでる。


「起きたんなら美咲もこっちにこい、出してやるから」


「やった~♪」


ジト目から一瞬でニコニコ顔になってこっちにやってきて青の横のカウンター席に座る。


「いつ起きたんだ?」


「あんなに大声でケーキの話してたらそりゃ起きるわよ」


そりゃそうか、みんなのケーキへの食いつきが思いのほかすごかったもんな。


「うっわぁ...これ、美味しいわね。大地君てすごいのね」

「本当に大地さんて隠れ器用っスよねぇ」


普通に喜べばいいのだろうが、褒められなれていない俺にはどうにもむず痒い。こういう時どんな反応していいのかわからんくて困る。しかし緑よ『隠れ』ってなんだ『隠れ』って。隠したつもりは一度もないぞ。


「さて、できればこのままの勢いで他の巨大な象徴も見つけてしまいたいもんだな」


「うまいこと連続で見つけることができたからな~」


「残りは私と悠斗さんのですね、調べた伝承の残りは【この町を緑で守る子供】 なんですが...結局わかる大人もいなくて、調べるのを断念してしまったんです」


残りは不明な2つの伝承と、【この町を緑で守る子供】というタイトルだけがわかっている伝承。

なんとなーく、どことなーく、この伝承は緑のものだと思うのだが、そこがわかっていてもなぁ。

緑...みどり...。確かに周囲に山や森はあるが本当にそれなのか?なんか違う気がするんだよなぁ。



ここまで来て情報がなくなったか。でも青のおかげでスムーズに黄の象徴は見つけられたから大いに助かってはいるのだ。



いや、待て。色々あって忘れかけていたが、俺が助かるっておかしくないか?俺はヒーローに選ばれているわけじゃないんだし、率先して探す理由はないのでは?

和気あいあいと過ごすヒーローたちを、カウンター内から眺めながらそんなことを考える。


「とりあえず今日はもう解散じゃないか?さすがにみんなも色々疲れただろう?」


さりげなくみんなを帰らせる方向にもっていきたい。さっさと帰ってくれれば後はゆっくり休める。正直なところもう風呂入って酒飲みたいんだよ。


「手がかりもないしな。いつ怪人が現れるかもわからない。休めるうちに休んでおくか」


ナイス赤。そのままさっさと帰ってくれ。


「じゃあまた明日、夕方ここに集まるということで」


ちょっと待て青、なぜ集合場所が俺の店になる?俺にだって仕事があるんだぞ?夕方なら閉店している可能性は大だが、やることはいっぱいある...はずなんだ。


「じゃあその時間まで俺は調べ物でもしてみるっスかね」


「私もちょっと聞き込みしてみるわね」


「近所の暇な連中に聞いてみようかの」


「よし、決定!」


いや、決定!じゃないから。何一つ決定してないから。こっちの都合は無視ですか?


「ちょ...」


青の決定宣言を受けみんなが席を立ちぞろぞろと外へ出ていく。待って、お願いだから俺を巻き込まないで。

すると青が振り返り満面の笑顔で一言。


「大地さんもお願いしますね!」


「あ...はい」


店を出たみんなは少し薄暗くなってきた道を、店の横にある五叉路を小さな鳥居のある角を曲がって駅の方へ歩いていく。

その後ろ姿は清々しいほど疲れを微塵も感じさせない。これはあれかな?俺の方が疲れてるってことなのかな?黒の方が俺より体力なかったと思うんだが。



なんで?

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