第十三話 黒き英雄、体力ゲージ赤点滅

「おぉ!……これが、わしの……新しい姿……!」


 黒レンジャー――城ヶ崎権三さんが、自分の全身を包む漆黒のスーツに視線を落とした。

 胸を震わせるその様子を、俺は少し離れた場所から呆然と見つめていた。


 六十八歳。定年を過ぎたおじいちゃんが、こうしてみんなと同じヒーローとして立っている。

 ……正直、かっこいいな。


 でも、そんな感慨に浸っている暇はなかった。


 目の前に立ちはだかるのは――鼻先に巨大なドリルを備えた怪人、《ドリルサイ男》。

 ギュルギュルと轟音を鳴らしながら、奴は不敵に笑った。



「グルルル……人間どもよォ。俺サマのドリルで、地の底までブチ抜いてやるぜェ!」


 おっ、今度はちゃんと聞き取れる。さっきまではなんで聞き取れなかったんだ?


 怪人の攻撃はアスファルトを簡単に突き破り、破片が宙を舞う。痛ててて、飛び散る破片が飛んできて普通に痛い。

 鋼鉄の怪物――その迫力に、俺は思わず息を呑んだ。




「うおおおお! 待っとれ、この老骨の力――見せてくれる!」


 権三さんが老槍・玄武を構え、突撃する。




「玄武突――連打じゃあああ!」



 槍先がドリルサイ男に雨あられのように突き立ち、火花が散った。

 ――速い! 年齢を完全に裏切るスピード。


「く、じじいのくせに...速ェ!?」

 怪人が驚き、俺たちも思わず息をのむ。


 だが。




「ふぅ~~~~……」



 ん?どうしたんだ?黒の動きが止まっちまったけど。あれ?こっちに来た?いや、途中で止まったな。いやいやいや座り込んだぞあのじいさん。




「……え?」

 美咲さんが声を漏らす。



 ? ドリルサイ男も身構えながらも首をかしげる。



「……ん? どうした、じいさん?」


「……疲れた。ちょい……たんま」




 全員が固まった。




 声ちっさ!!体力無っ!!




 思わずツッコミを心の中で叫んだ。ヒーローが変身して一分で「休憩」って。

小刻みに肩で呼吸してるし、なんか呼吸するたびにヒューヒュー聞こえてくる、あっ咳き込んでる。



「...今のうちに!」


 怪人が黒を見て呆けているすきを見て赤が烈火刀を抜き、青が氷の槍を構え、黄が銃を掲げ、緑がトンファーを回す。



「烈火一刀両断!」

「フロスト·ビアース!」

「フルバースト·ジャスティス!」

「笑撃インバクト!」



 それぞれの必殺技が火花を散らす――だが、ドリルサイ男の猛攻は止まらなかった。

 怪人はまた構えて咆哮を上げる。


「でゅあkとぇあfbk。うえhうふぁ!!!」


「くっ!!」



 どうやらあいつは気合を入れたり力が入ると人の言葉が話せなくなるようだ。簡単に言うと空回りしてるみたいなもんか。さっきの咆哮でみんなが怪人と離されてしまった。でも今回のはダメージにはなっていないみたいだな。良かった。




 ――ガシャン。




 奴の両腕がロボットみたいに開いたと思うと、無数の拳大のドリルがせり出す。まじかよ、あんな遠距離攻撃できるのかあいつ。

 


 次の瞬間。




 ドシュッ、ドシュシュシュシュ――ッ!!


 ドリルの乱射。まるで鉄の嵐。

 ヒーローたちは必死に迎撃するが……数が多すぎる。



「ぐっ!」

「キャアッ!」

「ぬおおっ!」




 みんなが次々と吹き飛ばされる。黒も例外じゃない。



「……これで終わりだァ! 俺サマのドリルは――容赦しねェ!」



 ドリルサイ男が高笑いしながら、最後の弾を撃ち放つ。やばいんじゃないかあれ!

 そう思っていると――気づけば俺の眼前にも一つ真っ直ぐに飛んできていた。




「……へぁ??」




 思わず声が出た。背筋に冷たい汗が伝った。





(あ、これはさすがに当たったら死ぬかなぁ……俺死んだな)





 脳裏に冷静すぎる直感。

今までの怪人の攻撃は静電気だのなんだのと、ちまちました攻撃だったから多分効かなかったんだろうけど、どこからどう見てもこれはさすがに。






「逃げろ! 大地!!」

「きゃあぁぁぁ!!」

「大地くんっ!」

「大地さんっ!!」




 ヒーローたちの必死の声も遠くに聞こえる。



 あっ身体が動かない。

 迫るドリル。轟音。目の前。




 ――ぎゅっと目を閉じた。




 ……ポスッ。




「……ん?」




 痛みはない。でもものすごい怖い音が近くで唸っている。

 代わりに感じるのは……妙に柔らかい感触。


 恐る恐る目を開くと――轟音とともに火花を散らしながら回転するドリルが俺の額に「ちょこん」と押し付けられている。



 人生で1番の恐怖映像だわこれ!!!

 


!?!?!?!!?


 

 周囲は凍りついていた。

 怪人もヒーローたちも、全員が「理解不能」の顔。



「な、なんだとォ!? 俺サマの必殺ドリルが……効いてねェだと!?」



 怪人の絶叫を背に、俺は額に当たっていたドリルを恐る恐る掴んだ。

手がズタズタになりそうで怖い~!!…けど額の感触からしたらもしかして…。

 軽い。回転しているはずなのに、おもちゃみたいに軽い。




「……うるさいし、返すわ」



 俺はそのまま、ぽい、と投げ返した。


 ドリルは真っ直ぐ飛び、怪人の胸を貫いた。


「グッ……がはァァァ!!?」


 鋼鉄の皮膚を易々と突き破り、奴は膝をついた。




「今だ――!」


「烈火一刀――両断ッ!!」


「フロスト・ピアース!!」 


「フルバースト・ジャスティス!!」 


「笑撃インパクトォ!!」

 

「玄武突――一撃必殺!!」

 


 炎の斬撃が炸裂し、氷槍が突き刺さり凍結が広がり、光弾が撃ち抜き、トンファーが衝撃を叩き込み、老槍が黒い風を纏って貫き怪人の動きを止めた。


 次の瞬間――怪人は爆散した。


 街に静寂が訪れる。




「さっきのはなんなんだ!?」


 ヒーローたちが集まってきた。やばっ!逃げ遅れた!


「ドリルを掴んで投げ返すとか……物理法則どうなってるんですか」

 青が顔を引きつらせる。


「いやいや……大地君、やっぱり秘めたる才能が……?」

 黄はさすがにさっきの光景が信じれなくて半信半疑。


「おいおい、笑いどころじゃなく命の危機だったっすよ!? ……でもオチ的には完璧っすね」

 緑は苦笑い。


「よほど丈夫なんじゃのぅ」

 黒は感心している。丈夫とかってレベルじゃないだろあれは。

「ふぅ……本当に無傷とは……」

 権三さんはしみじみと呟いた。


 俺は――困惑した笑みを浮かべるしかなかった。

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