第七話 非戦闘日ログ:姫野澪視点

 教室の窓から差し込む朝の光は、戦場の閃光よりずっと穏やかだ。


 黒板には今日の授業予定が並び、クラスメイトたちはそれぞれの会話に夢中になっている。キャッキャと笑い合うその光景は、私にはあまり馴染みのない行動パターンだ。

こうして普通に机に座っていられる時間は、意外と貴重なのかもしれない。


 ノートを開きながら、ふと思う。


 神崎先輩は学校の中でどのように生活しているのだろうか。

あのテンションで授業を受けていたら、きっと先生のほうが先に疲弊するに違いない。

 いや、もしかしたらあれが”一般的”なのかもしれない。私は自分でわかるくらいに人と接しようとはしないから。神崎先輩は友達とか多そうだし。

 

 東雲さんは……多分ジムか娯楽用の射撃場だろう。前に聞いたときにおもちゃの銃を試し打ちできるお店があると言っていた。軍人をやめてしまったので本物を撃つ機会はなくなってしまったが、パターンは完全に軍人の日課。恐らく私の周囲で一番体力と力があるだろう。


 そして藤原大地さん――あの人は一体、普段何をしているんだろう。

以前の戦いで、あの怪人の攻撃を受けても傷一つなかった。神崎先輩から名前は聞いているが、あの一件以来話したことはない。実際神崎先輩から聞いていた通り、怪人が出現した場所に必ず居合わせている。巻き込まれているだけと神崎先輩は言っていたが、本当にそうなのか?と思ってしまうほどに。


 できればそのうち、一度話をしてみたい人だと思っている。



「姫野さん、ノート貸してー」


 隣の席のクラスメイトが、笑顔で手を伸ばしてきた。


「返却は厳守でお願いします」


 ノートを渡しながらも、心では大地さんの不可解な耐久力についての仮説を組み立てていた。


***


 放課後、参考書を抱えて商店街を歩いていると、突然前方から大きな声が飛んできた。


「おーい、澪ーっ!」


 神崎先輩だ。距離感を無視した声量は今日も健在。一緒にいるときにあの大声を出されると少し恥ずかしくなる。


「こんなところで会うなんて、運命だな!」


「偶然です」


 その横には東雲さんの姿もあった。背筋は完璧、歩き方も無駄がない。大人の女性という感じがして少し憧れる。私もこうなれるだろうか?


「これから喫茶店で一息つくところだ。一緒に来い」


「断る権利は…?」


「予定がないんならついてこい」


 即答で切られた。神崎先輩は強引なところが少し苦手だ。私はできれば一人でいたいのに。


***


 古めかしい木のドアをくぐると、コーヒーと焼き菓子の香りがふわりと広がる。

それぞれ席につき、私は苺パフェを注文。神崎先輩はナポリタン、東雲さんはブラックコーヒーだ。



「そういえば、この前の戦いさ…」

 神崎先輩が身を乗り出す。


「大地のやつ、やっぱすげーよな! あの怪人の一撃、普通なら死んでるぞ?」


「防御力が異常です」私も頷く。


 東雲先輩はカップを置きながら

「確かに、怪人の攻撃は全然効いていないみたいだし、攻撃すれば怪人に致命傷を与える。なぜか崩れた瓦礫とかは避けているみたいだったけど」と冷静に言った。


 確かに言われてみれば、大地さんは怪人の強力無比な一撃に普通に耐えているのに、なぜか崩れ落ちてきた瓦礫は必死に避けている。あの人の丈夫さなら特に問題ないのでは?


「まあな…でももし仲間になったら、すっげー安心感ありそうだろ?」


「賛成できません。あの人は選ばれていない普通の人で、なのにあの異常性。謎が多すぎます」


 神崎先輩と私の間に、また討論が始まりそうになったが、東雲さんの一言で静まった。


「結局、誰が選ばれるかはわからない。それが“神の選定”でしょ」


 パフェの苺をフォークで切りながら、私はその言葉を反芻した。


 そう、選ばれるのは常に予測不能。


 でも、もし彼が本当に仲間になったら――きっと戦いの形は大きく変わる。


***


 会計を済ませて店を出ると、すでに夕暮れの色が街を包み始めていた。


「おごっていただいてすみません。ごちそうさまでした」


「おう!じゃあな、澪。またなー!」と神崎先輩が大声で手を振り、東雲さんは静かに会釈して去っていく。



 一人になった途端、街のざわめきが少し遠くに感じられた。


 戦いのない日が続くのは、きっと良いことだ。


 だけど、不思議と胸の奥には小さな空洞が残る。


 ――次に戦いが来たら、この平和を懐かしむのだろうか。


 それとも、この平和の記憶が、私たちを戦わせる理由になるのだろうか。


 家路へと歩きながら、私は苺パフェの甘さと、ほんの少しの物足りなさを同時に味わっていた。

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