ep1.大田市朝山町仙山 浩✖あじゅ


ある夏の日、いつものように神社で子供たちは遊んでいる。


ひろは小六になったので子供たちの世話を焼くことが多くなってきている。


ある日、いつものように遊んでいると、見覚えのない女の子が混じっているのに気づいた。


あれ、こんな子いたっけか?


夏休みだから誰かの家に帰省している子が遊びに混ざることは珍しくないけど、遊ぶ前に挨拶してくることが普通なのだが。


この知らない女の子はいつの間にか混じって遊んでいる。


もしかしたら山家さんかかもしれないが普通は混ざってこないし着ているものも違う。


この子の着てるものは、浩たちの着物と同じものだ。


まぁ、でもいいか。何も問題は起こらないだろうし。


そう思ってそのまま皆で遊びに興じていた。



「ウォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン・・・」



夕方になって農協の支所のサイレンが鳴る。


午後5時。それが遊びを終わる時間を教えてくれている。子供たちは家に帰らないといけない。


「さようなら。」

「バイバ〜イ。」

「じゃあね。」


それぞれの家に向かって帰っていく。あの女の子も家に帰るんだろう。当たり前にそう思っていた。


浩は遊んでいた神社から「渋が下」という泉の横を通って家に帰るのだが。


さっきの女の子がついてくる。


浩が立ち止まると女の子も立ち止まる。


何度か坂道の途中で止まってみるのだが、女の子は近づくでもなく離れるでもなく、同じ距離感で約10メ-トル離れて付いてきている。


しゃらしゃらと水音だけが聞こえる。


意を決して引き返してみた。


女の子はその場で身じろぎもしない。表情も変えないで立ち尽くしている。


浩は目線を合わせるように、しゃがんで

「どうしたの?おうちに帰らないの?」

と、聞いてみた。


「ここ。」


ちらと目をあげて浩を見る。大きな目が印象的な顔立ちの子だった。


「え?・・・」


「お家にちゅいて行ってもいい?」


「あ、う-ん・・・」


浩は考えを巡らせた。


困ったことを言い出したな、でも、地区の親戚の子だろうから親父かお袋は分かるだろう。


連れて帰って聞いてみよう。


「いいよ。」


浩は怖がらせないよう微笑みながら言った。


途端、にこ-と満面の笑みで今度は手をつないできた。


ま、いいか。


「ね、名前は?」


「あじゅ・・・。」


この子まだ舌が足らないんだ。


本当はどういう名前なんだろう。まぁ短い付き合いだろうから「あじゅ」で、いいか。



浩とあじゅは手をつないだまま、いったん坂を降りたあとで川と国道を横切って反対の山の中腹の家に着いた。


家には母がいた。


「かか(母さん)、この子・・・」と浩が言いかけた途中で


「あら!」


と、母親がさえぎって声を上げた。


「一緒にご飯しようね。」


浩は面食らった。当初の筋書きが母の行動で崩壊してしまった上、先が見えなくなったのである。


が、「もう僕の手を離れた案件だ」と思った浩はそれ以上何も聞かなかった。


夕飯までの僅かな間、浩は最近買ってもらった鉱石ラジオを聞こうと雑音だらけの音を一生懸命チュ-ニングしていた。


あじゅはずっとにこにこしてそれを見ていた。


夕餉の支度が終わり、日の尾の田で仕事していた父親が帰ってきた。


あじゅをちらっと見て、しかし何事もなかったかのようにいつもの通り酒を呑み始めた。



一緒に夕飯を食べながら、あじゅの食事の作法、正座をきちんとして、背筋伸ばして、ちゃんと箸を持って、ノドグロの骨を上手に外して・・・。


浩は舌を巻いた。僕のほうが下手じゃん。


「ごちそうしゃまでした。」


あじゅは食べ終えてお茶碗と汁茶碗を重ねて、流しに運んでいった。


帰ってきて浩の茶碗を片付けようとするので、「あっ、大丈夫。」これでは年上の沽券に関わる。浩は慌てて自分で運んだ。


「お風呂入りなさ-い!」


田舎の風呂は外にあり、五右衛門風呂である。


底も横も触れないほど熱いというか触ると火傷をする。要は火に架けられた大きな釜なのである。


なので横は触らないようにしないといけないし、底には板を敷いて足が焼けないようしてある。


浩は風呂が余り好きでない。面倒くさそうに風呂に行こうとしたら、


「あじゅも連れて行って」と、母の声が追いかけてきた。



え-。



「お父さんとじゃ風呂釜が小さいのであじゅが火傷しちゃうでしょ」


「あじゅ一人じゃ、軽すぎて底の板が浮いちゃうし」


「私まだまだ仕事よ。あじゅは待てないで寝ちゃうわよ」


いや、僕、誰かとお風呂一緒に入った記憶ないし。


どうしたらいいかわからないし。


...杞憂であった。


あじゅは自分で掛け湯して、浩と一緒に風呂に浸かりながら、にこ-と満面の笑みを見せ、上手に頭も体も自分で綺麗に洗い。


おかっぱ頭にお湯を掛けてやったのが浩の唯一の仕事であった。



疲れた。なんか疲れた。


蚊帳をくぐって布団に入ろうとしたらあじゅが「にこ-」とそこにいた。


あ-。


浩は観念した。


妹ができたことにしよう。浩は下手な自己催眠で今夜を乗り切ることにした。



深夜


今夜は満月であった。


ふと目覚めると、窓際に人の気配がある。


浩の部屋は一人部屋で誰もこんな時間に部屋に来ないはず。


しかし髪の長い女性が居る。高校生か、その位の年頃の線の細い女の子が居る。


出た!


浩は直感的にそう思ったその時。


その娘が「にこ-」と、微笑みかけてきた。


「あじゅ?」


「はい。」


-いやどういうこと?


「月光浴よ。」


-思考を読むな


「あっ、ごめん。」


-月光で大きくなるんだ。


「そう。ただ、それだけじゃダメなのよ。浩が要るの。」


-すいません。俺、美味しくないです。


「そうじゃないわ。浩、ラジオ聴いてたよね。」


-うん。ここは田舎過ぎてあんまり聞こえなかっただろ?


「あなたはラジオなの。」


-はい?


「そう。月光をチュ-ニングできるのが浩なの。」


-すいません。分かりません。


「つまり月光を浩が変換して私はそれでエネルギ-みたいなものを得て・・・。」


-...そして大人になると?


「う-ん。姿としての成長はここまでかなぁ。」


-じゃその姿は問題じゃないと?


「ただ蓄えるための器が大きい必要はあるわ。」


-わかったような気がします。


「理解はそのくらいでいいわ。お願いだから夜は一緒にいてね。」 


-もう、満タンじゃないんですか?


「沢山なら沢山の方がいいわ。」


あじゅは、にこ-と、笑った。



朝起きるとあじゅは子供の姿に戻っていた


-お姉さんじゃないんですか?


「ちっちゃくなってないと減るんでしゅよ。」


-水みたいなんだね。日が当たると面積当たりの量で蒸発するみたいな。


「しょう。しょれが困るの。」


-口開けて喋らないので内緒話できるね。


「全部ひみちゅでしゅよ。」大きな目でじっと見てくる。


-うん。分かった。



あじゅは毎日昼間は神社で遊び、夜は月光を浴びていた。


月はだんだん細り、月光は減り、補給できるエネルギ-も細る。


そして、ここ3日間、大雨が振り続けていた。


雲で月光も届かない。


雨で神社で遊ぶこともできない。


「困りまちた。雨除けもできまちぇん。」


-あれは遊んでたんじゃないんだ。


「しょう。余り降らないようにお願いちてまちた。」


-神社に一緒に行きましょうか?


「んん。無理でしゅ。雨除けは子供達が依代でしゅし。」


-そうだったんだ。あじゅは独りで頑張ってたんだね。


「しょんなことないでしゅ。みんなでやってたんでしゅよ。」


-そうか。あじゅありがとうね。


あじゅは、にこ-と、笑った。


「朝山地区は花雪公民館へ避難を始めて下さい。」


有線放送が避難指示を放送し始めた。


公民館までは川そばの国道しか道がないが、もう川が溢れている。避難経路は断たれた。


川そばの家が1軒流されそうだ。


まだ中に人が居る。


三瓶山の火山灰が厚く積もったもろい地質。


この地区の地滑りやがけ崩れは厄介な問題であった。


4日目の雨で、その地盤が限界を迎えていた。



あじゅが川そばに下りていく。


-あじゅ危ないから、行っちゃだめだ!


「大丈夫あたしが何とかする。」


あじゅは髪が伸び、あの月光の下で見た姿になって洪水をコントロ-ルし始めた。


まるでオーケストラを指揮するように、両手を上げて操作をしている。


雨は止み土砂が止まり溢れた水が収まり


間一髪家の流出も免れた。


が、


あじゅがだんだん縮んでいく。


出会った時の姿より幾分幼い姿になった、あじゅがいた。


-大丈夫か!


「大丈夫よぉ」そう言いながらも、みるみるあじゅは縮んで


薄くなり消えてしまった。


「助かった」「助かったぞ!」


遠くで聞こえる声を耳にしながら浩は呆然と立ち尽くしていた。



災害復旧が終わった後、夕餉で


「あれは上(かみ)様よの。神様じゃない。神様とはちょっと違う。」


「うちの屋号は上佐屋。上をたすく、上様を助ける、そがだわのそういうことだ


「おらは上様が居るという『渋が下』をきれいに掃除したりすることが役目だ思うとった。」


酒を呑みながらいつもは無口な親父が教えてくれた。



10年後。浩は帰省をしていた。


久しぶりに神社に行ってみるか。


しかしそこには誰もいない。


とぼとぼと渋が下の坂を下る。


しゃらしゃらと水音だけが聴こえる。


ここだったけか。


振り返ってみる。


だけど、誰もいない。


しゃらしゃらと水音だけが聴こえる。


思い出してちょっと切なくなる。


またとぼとぼと下り始める。


しゃらしゃらと水音だけが聴こえる。




「小豆、炊きすぎちゃってぇ。」


浩は、ばっ、と振り返った。


「一緒に食べない?」


にこ-、と満面の笑みで立っている長い髪の娘と


笑いながら大粒の涙を流している青年がそこに居た。

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