あじゅ
@Akiba_Ren
あじゅ
ep.0 出雲 保知石 八岐✖素戔嗚
困ったやつが来てしまった。
今、目の前で胡座をかいて、腕を組んでいる。
「さぁ、姫を出されよ!」
「いや、道理がござらん。」
「何を申す。大人しく姫をこちらに渡せば、それ以上何も申さぬし暴れもしない。」
「⋯はぁ~~~」儂は大きくため息を吐いた。
・・・こいつ暴れると台風並みに気象を操るし、雷落とすし・・・
「貴殿、京からの客人を前に失礼であろう!」
「しかしですな...」
「しかしもカカシもござらん!」
困った。本当に困った。
いきなりやって来た人物に自分の妻をほいほい会わせることができるものか。
「いや、姫は儂の妻でしてな。」
「またそのような嘘を。姫はそなた達に監禁されているのであろう?」
誰だこの脳筋にデマを吹き込んだやつは。
「そもそも、貴殿は代理人であろう? 知っておるのだ。8つの頭を持つ大蛇、
いや、何処の話なんだろうか?
儂は呪と治水技術を持つ職人であって、越の国から請われて
呪というのは言霊の掛け合わせで強力な強制力を持たせることができる技術である。
呪と治水はうまく機能していて、里は豊かになり 今は百姓頭も任されている。
「何の騒ぎかね?」
「ああ、お義父さん お義母さん なんでもないのです。」
「なにもないことはござらん。さぁ、
「何かね?儂らの娘がどうかしたのかね?」
「おお、そなた方が
「やつがれは
「ヤマタノオロチ?」「監禁?」
「えっ!」
儂は「姫と子どもたちを呼んで参れ」と近習のものに告げ、ゆっくり話を始めた。
「肥河には8つの支流がござるが、流域のどこにも
「儂は越国から請われてやって来て肥河の治水をする技術者であって
「治水はうまくいき、財を築けたので
「子宝にも恵まれて肥河の8つの支流の治水を任せている8人の子供もおる。」
そこに
「嫁の稲田でございます。」
「長子の馬木でございます。」
「二子の三刀でございます。」
「三子の阿嘉でございます。」
「四子の安威でございます。」
︙
嫁と8人の子供たちが名乗った。
「こ、これは・・・」
「何処の誰からその話を聞いて貴殿は参ったのかな。」
「
儂は天を仰いだ。またあいつか。
「お主、謀られておったのじゃな。」
ヤツのかけてきた《言霊》を切る。
【
言霊を切り返されたら、倍返し。今、大黒は相当痛い目にあっているであろう。
根の国から勤勉な八十人もの職人がやって来て研修を兼ねて治水事業を手伝ってくださったが
何もしないくせに口だけはやたらと達者で。
遅れた理由は「八十人の職人たちに騙されて大怪我をした、白ウサギの養生をしていた。」と吹聴していたのだが。
しかし実際の話はこうだ。
白兎族は根の国との境の住民で国境警備を担当している。
三瓶山と大山に綱をかけて越の国から土地をぶんどってきただの、韓の国からぶんどってきただのと
ありもしない荒唐無稽な言で民衆を惑わすし。
その時、まだ
お陰で儂は越の国と韓の国に出向いて申し開きをさせられて⋯
職人たちは技術習得が終わり帰っていったのに、未だに
思い出すとだんだん腹が立ってきた。
そして、今度は越から来た儂のことを「八岐大蛇」扱いかい。
「どうやら貴殿は騙されたようであるな。」
「面目もない。」須佐之男命はうなだれた。
「この期に及んでは 申し訳もござらん。 せめて大国の頭に雷を落としてご覧にいれる!」
「あ、いやいや...」儂は須佐之男命の言を遮った。いい考えが浮かんだのである。
「大国のことは、儂に任されよ。その代わり貴殿は雷が使えるなら、この地の山にじゃんじゃんと鳴らして頂きたい。」
「それだけでよいのか?許して頂けるのか?」
「貴殿も悪気なく騙された
「ありがたい!」
雷は放電現象であり、空中の窒素を固定してくれる。
固定された窒素は肥料となり土壌を豊かにして作物を育ててくれる。
実のところ神社の紙垂(しで)というギザギザの白い紙は雷の意匠で
綱を引いて鐘をガラガラと鳴らすのは 雷を鳴らして窒素固定をする行為、つまり豊作を祈っているのである。
下流に流れてくる土砂の窒素が増えれば肥料が自然と追加されるようなものだ。
作物がよく育ち、それは素晴らしい話である。今後の出雲の豊作は保証されたも同然になった。
須佐之男命は一本気な脳筋ではあるが こうなると百人力の男である。
真面目にじゃんじゃんと雷を鳴らすであろう。
儂は杵築の大国に手紙を書いた。
「この度の須佐之男命の件で伺いたいことがある。」
何度か文を飛ばしたが 届けに行った者共は籠絡されて帰ってこない。
仕方ないので こうも書いて送った。
「貴殿の杵築の社の鍵は今後儂が管理する。申し開きあれば申せ。」
届けに行った者共はまたも籠絡されて帰ってこない。
本当に人心掌握に関しては長けた人物である。
忠告通り、杵築の社の鍵は取り上げて
知乃社の「知」には《鍵》という意味と《知恵》という意味がある。二つの意味をかけて儂が建てた。
杵築の鍵を取り上げ管理をするのに強力な呪を掛けたのである。
今後は杵築の社は何をするにも知乃社まで鍵を取りに来ないといけなくなった。
ずっと兵糧攻めに遭っているようなものである。
事あるごとに呪避けの行列を立て、鍵を受け取りに来ているが
なんやかんや言いがかりをつけて すぐに鍵を渡さないように命じておいた。
その後、知之宮は何者かに火災で焼かれ、今度は城のように結界も丈夫なものにして再建した。
恐らく大黒のせいである。
儂は更に杵築の大国に手紙を書いた。
「このまま貴殿の社を頂くことにするが、いかがか?」
追い詰められ困った大国が やっと文を返してきた。
私は歳を取ったので判断できかねる。息子の
大国の長子の事代は社の鍵を取られたあたりで、もう観念しているようである。
しかし
弟の
戦うまでもなく、大国は根の国へつまり自分の故郷への退去。事代に杵築の社を管理させることとさせた。
御名方は少数の供とともに、諏訪大社で厄介になることになったらしい。
あそこは自然神を祀っているのに全然流派の違う御名方が行ったからこれからは大変である。
これでやっと落ち着いて暮らすことができる。
遠くでゴロゴロと雷が聞こえてくる。
須佐之男命は真面目に雷を鳴らしていているようだ。
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