第26話 陥落、そして…喪失



 陣営に戻ると、ジェシカの無事にみな歓声を上げて喜んだ。泣いている者もいた。二人とも後でデイビッドにこっぴどく叱られたが。




 グレンは、戻ってすぐに王城へ総攻撃を指示した。


 ただし事前に投降を呼びかけ、応じる兵は捕縛だけに留めることをきつく命じた。


 これまで慎重に進軍してきたのに、突然の方針転換に軍部からは反対の声が上がったが、グレンは取り合わなかった。


 グレンの読みどおり、総攻撃により敵兵は次々と投降し、翌日には王城はあっけなく陥落した。


 城の中はガランとして人気がなかった。


 ジルが、王城は更に護りが固いと言ったのは虚勢だったのだ。

 

 

 王城で、ただ一人残っていた女剣士は、王は敗戦を悟り自刃した事を告げると、自らの首に刃を滑らせ、王の部屋の扉の前で事切れた。




 王の部屋に入ると、悪名高き王は寝台の上に寝かされ、宝剣を胸にたずさえて息絶えていた。玉座は血に塗れ、寝台まで引きずった後がある。


 すでに腐敗がはじまっていた。それでも穏やかで理知的な顔は、悪政をしいた君主とはかけ離れていて、皆を驚かせた。


 ジェシカは女剣士と王の亡骸を見て、複雑な思いにかられた。


 城壁に切り刻んで吊るされると言われたのは自分だった。


 なのに、今、屍になっているのは王と女剣士だ。


 部屋の中にたゆたう香の中に、ふとあの時飲んだお茶の匂いが混じっている気がして、場違いな気持ちが思い起こされた。


 あの時、ここで王子と熱情を交わした妄想にかられ頭を振る。流石に、あり得ない。


 いや、隠し部屋とはいえ、敵国の王城で事に及ぶのも、十分あり得ないのだが。





 ブレイグの家臣たちは逃げ出した後のようで、城には下働きの使用人たちしか残っていないようだ。


 王が死んだとなれば、停戦の交渉は王弟とすることになるだろう。


 グレンが囚われたとき、荒くれ者の自警団から助けてくれた人。


 先日も、自分が眠らされている間に王城から連れ出してくれた人…。


 グレンの心境を思うと殊更複雑だった。




 王城を占拠した証に、城壁にはワーズウェントの国旗が垂らされた。


 加えて尖塔には白旗を掲げる。


 そしてグレンは各地の町や村に終戦を告げる部隊を差し向けた。


 投降した兵によると、すでに王弟からの伝令により敗戦の勧告を受け、抵抗せずに投降するよう呼びかけられていたという…。


 中には悪態をつく者、今後の行く末を不安がる者もいたが、みな一様に終戦に安堵しているようだった。


 10年に及んだ戦いはこうして呆気なく終わりを迎えようとしていた。




 残るは和平交渉だが、王弟の行方は依然不明で各地に敗戦の布告のみ伝えられた状況だった。


 そもそも、王弟はほとんど公の場に表れなかったようで、顔を知るものも少なかった。


 






「戦況は?」




 四日後、グレンは、表情を全て取り去り総大将の顔でジェシカに聞いた。二人とも馬上にまたがっている。


 ここは王城から馬で一時間ほど離れた村で、王城に一部小隊を置き、本陣はここの砦を拠点に留まっていた。




「各地から次々に降伏の伝令が届いています、一両日中にはブレイグ全土から降伏の知らせが来るかと」




 ジェシカは軍部からの報告を伝えた。




「王子の戦略による手腕ですよ。十年に及ぶブレイグとの戦乱を勝利したのは」




 ジェシカは感歎したように、グレンに告げる。



「…それはむしろ、前線の兵士たちをほめるべきだな。僕は指示を出しただけに過ぎない」



 だがグレンは素っ気なくそう言うと、馬の向きを変えその場から離れた。



「王子?どちらへ!?」



 ジェシカは慌ててグレンを追おうとした、が…。




「少し一人で考えたいことがある。心配しなくても、遠くにはいかない」



 グレンは馬の腹を蹴り、駆けていってしまった。



「実際、落ち着いたものだよ。なぁアンソニー?」



 ジェシカの馬の横に立つ兵士、デイビッドが感嘆の声をあげた。きちんと入れ替わった兄の名を強調して呼んでくれる。



「デイビッド…」



「この大勝利に天狗になるわけでもなく、あの年で、たいしたものじゃねえか」



 デイビッドは手放しで王子を褒めちぎった。



「そうかな…僕にはだいぶ無理しているように見えるんだ…」



 だがジェシカは不安気に呟いた。




 

 ワーズウェント軍の陣営はいま、かつてグレンが住んでいた村の近くにあった。王城にほど近く、各地の様子を偵察するのに適している。


 ここにある丘はかつての友との思い出の地だ。


 そして…今日がその友に呼び出された日だった。


 丘からの景色を遠く見やる。


 何も変わっていなかった。10年前と同じ、優しい風が吹いている。それ以外は何もなく、冬には白く染められる故郷…。



「やっぱりきてくれたな」



 背後から声がかかる。思い出よりもやや低いが、懐かしい口調。



「不用心だな。総大将が供もつけずに」



 お前もなと思ったが、あえて口には出さなかった。



「指揮は別のものに任せてある。僕はお飾りに過ぎないよ」



 実際、乱戦の折はジェシカを庇って頭をうち、役に立たなかった。本来ならあそこで討ち取られていただろう。



「お前こそ、よくここまで無事に来れたな」



 すでに、この辺一帯はワーズウェント軍に占拠されている。


 よく見ると服がほこりまみれで、顔中細かい傷だらけだった。森の中を抜けてきたのだろう。



「ああ、軍部には降伏に応じるよう命じた。勝敗はついた。これ以上、無駄な戦いをする必要は無いだろ?」



「そうだな…」



 グレンはそっけなく応じる。



「わかってんだろ、俺がここに来たのはけじめをつけるためだって。おまえも、その為にここで待ってたんだろ」



 そう言いながら、ロバートは剣を抜いた。



「そうだ」



 グレンは一瞬だけ柔らかく微笑む。


 ずっと、会いたかった。懐かしい友に。


 そのために。共に、戦争を終わらせることを願い、ここまで来た。


 本当はこんな終わらせ方は望んでいなかった。


 ロバートは5日で思い残すことは無くなったのか、より清々しい顔をしていた。



「ここは、お前と俺が初めて出会った場所だしな」



 幼い日、寂しかったあの頃、二人は出会った。兄のように慕った思いは今でも鮮やかに蘇る。


 5日後にあの丘の上で、という王城でのあの言葉。当然ここしか無いと思った。伝言のメモに地図など残さなくても、覚えていた。



「はっ。まさか、敵国の王族同士がこんなところで出会うなんて、思いもしなかったもんなぁ。お互い」



 ロバートは、明るく笑い飛ばす。だが次の言葉は真剣な口調だった。



「こうして、剣を交える日が来ることも……な」



 グレンはその言葉を聞き、目を伏せた。



「今なら、まだ間に合う。たとえ僕を倒したとしても追っ手がかかるだけだ。今なら、助けてやることもできる…」



 だが言葉とは裏腹にグレンは剣を抜く。



「ありがとな。分かってても、一応聞いてくれるとこがお前らしいよ。だけど、ここで別れた日に言ったはずだ。お前と俺は敵同士だと」



 ロバートも剣を正面に構えた。



「俺は最後の王族として、お前とケジメをつけなければならない。おまえも自分の国の為に俺と戦うんだ」



 ロバートの目に迷いはない。



「だから俺は…ここにいる…」



 王を支え、この国を豊かにしようと誓い合った。それが、あの頃の夢であり希望だった。


 ワーズウェントに赴いた後、狂気の王の噂は聞こえるものの、妾腹の王弟の存在はどれだけ調べても表立って出てくるものは無かった。


 ロバートは、あの頃王城ではなく、隣村に住んでた。きっと厚遇されてはいなかったのだろう。


 ボサボサの髪や、いまも自警団の団員だったことからも窺える。


 それでもあの頃の友は、キラキラした目で明るい未来を示してくれた。


 その友が今、国の為に戦うという。


 グレンもその覚悟に応じざるをえない。



「承知した。ならばワーズウェント軍、総大将グレン・ワーズウェントとしてお相手しよう。参られよ、ブレイグ王弟、ロバート・ブレイグ」



 グレンは冷たい表情で右手と剣をまっすぐロバートに向けた。それが合図だった。



「行くぜ!」



 ロバートは剣を振りかぶり、グレンに斬りかかる。


 キィイイン!


 お互い剣を交え、打ち合う。腕前は互角のようだ。




「強くなったよ、お前。一度も勝てなくてビィビィ泣いてたくせに!」



 ロバートがまた軽口を叩く。



「お前のおかげだ!嫌だって言っても何度もつきあわされて…ずっと悔しかったからな!お前こそ、本気出してるのか!?」



 キン、キィィン!


 金属音が鳴り響く。


 グレンの剣技はオニクセルの双子の指南を受け、あの頃とは比べ物にならないくらい上達したはずだ。


 なのに、打ち込みはことごとくかわされる。



「こんなに強い相手に、手加減なんかできるわけねえだろ!?」



 言葉とは裏腹に、ロバートは寧ろ楽しんでいるかのようだった。


 グレンの右頬に下から剣が切り上げられ、鮮血が飛ぶ。



「くっ!」



 その引き際、ロバートの右腕に一太刀浴びせた。



「ああっ!」



 お互い息も乱れ、睨み合いの状態になる。



『強い?』



 右頬が熱い。拭うと激痛が走る。だが、そんな事は気にしていられない。



『いや、僕は無力だ。お前一人…』



 グレンは込み上げてくる感情を押し殺す。



『お前一人…助けてやれない…』



 それでも、絶望にも近いその思いが、あとからあとから襲いかかる。



「そんな泣きそうな顔するなよ。ばーか!」



 だが、そんな思いを吹き飛ばすような声がかかった。


 その顔と口調が昔を思い出させる。


 その刹那、二人で笑い合った声が聞こえた気がした。



「俺は今、最高に楽しいんだからな!ぽやっとするな!」



 王弟はふたたび突進してくる。


 その顔に、迷いは無い。



『これが、お前の望みだと言うなら…僕は…』



 グレンは剣を構える。友の剣を受けるためではなく…。


 ザシュッ!


 振り下ろされる剣を避け、ロバートの右肩から左腰まで薙ぎ払う。ロバートの身体から剣の切っ先まで鮮血が弧を描く。


 その瞬間、ロバートは確かに微笑んでいた。



「泣くなよ?」



 グレンの後ろで、微かに呟く声が聞こえてくる。


 王弟がゆっくり倒れながら呟く声が。



「お前は、悪く…ないんだから…」



 どっと倒れる音が鈍く響いた。








「お前…わざと切られたな?」



 グレンはロバートを抱き起こし語りかけた。



「買い…かぶる…な、よ…、ば…か…」



 薄い目を開け、グレンに呟く。


 その焦点は定まっておらず、最後の力を振り絞っているのがわかる…。



「ホント…に、避け…ら…れなかった…のに、恥ず…か、しい…じゃねぇ…か…」



 この友は、どこまでも…意地っ張りで…優しい。


 もっと早く自分が動いていれば、違う未来があったのだろうか?


 ただ…、ただただ胸が苦しかった。



「あり…が…と、な。おれの…わが…ままに、命…がけで…付き…合ってくれ…て」


 

 振り絞るようなその言葉を最後に、ロバートは、糸が切れた操り人形のように力が抜け、ゆっくり目を閉じた。






 王子は悲痛な面持ちで王弟を抱きしめた。もう動かない友を…。




 




「王子…!王子、こんなところにいらした!」



 丘の下から馬が駆け上がってくる。


 ジェシカだ。



「!そのおケガは!?」



 手綱を引いて馬を止め、惨状に驚きつつ、グレンのケガを心配している。



「この方は!」



 ジェシカとロバートは自警団で会っている。意識はないが王城でも。


 亡骸を目にし、驚愕していた。



「ブレイグの…王弟だ…」



 グレンは亡骸をを横たえると、無表情で告げた。


 ジェシカは察していたのだろう。王弟という言葉には驚きは感じていないようだ。


 ただ、呆然としている。



「何があった?」



 グレンはジェシカに報告を促す。



「先ほど、全土降伏の意が確認できましたので、ご指示をいただきたく…」



「そうか…」



 終わったのだ。王弟の死によりブレイグ王家も完全に途絶えた。



「では、ブレイグ兵は和平交渉が整うまでは、一旦捕虜とする。決して粗略には扱わないように重ねて指示を」



 どんな形でも、ブレイグを豊かにしたいと。戦いと貧しさから解放して、ワーズウェントのように豊かな国へと…。そう決意してここへ来た。ここで止まるわけにはいかない。



「王弟は…名誉の戦死を遂げられた。遺体は本部に安置するように」



「承知、しました…!」



 そのままグレンは、その場から離れた。


 ジェシカはその後ろ姿を見送っている。


 今だけは…一人になりたかった…。



『泣くなよ?』



 友の最後の言葉が、胸を刺す。


 笑いあった昔の思い出と共に。



「相変わらず、お前は、無茶ばかり言う…」



 青い空を見上げる。


 あの頃と、何も変わっていないのに。グレンの伏せた目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 


 十年もの長い戦乱はこうして終結した。


 だが、グレンが本当に守りたかったものはその手で失う結果となってしまった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る