第25話 まどろみの逢瀬

※性的なニュアンスを含むシーンあり(R15相当)

 


 


 グレンはしばらく放心してジェシカの横に座っていが、ロブの言葉が脳裏に蘇る。



 今すぐ…ここで?



 ジェシカの頬に手をやると、彼女は薄く目を開け、焦点の定まらない瞳でグレンを見つめてきた。



「ああ、グレン…さっきはすごく優しく抱いてくれて…嬉しかった…」



 微睡むように、蕩けるように微笑むジェシカの言葉に、グレンの中で抑えていた様々な感情が吹き出してきた。


 違う。それは自分ではない。優しく抱いたのは、ロブだ……!



 思い返してもグレンは…ジェシカを優しく抱いた事など無い。いつだって、抑えきれない自分の気持ちをぶつけるばかりだったのだ。利己的な自分と、相手の事ばかり気遣う親友とは、こんなことですらまったく敵わない……!



 怒りと、嫉妬と、そしてどうしようもない劣等感が、グレンの心を完膚なきまでに叩き潰した。



「ほんとは、ずっと寂しくて…。好き。大好き…。愛してる。だから、私を置いていかないで…」



 紡がれる愛の言葉が…切なく響く…。浮かされるように微笑むジェシカに、グレンの中で抑えていた様々な感情が吹き出してきた。



「僕を置いて、敵陣へ切り込んでいったのは君なのに…ね。どうして…こんな…事に…」



 例え騙された結果だとしても、それが親友によるものなら尚更、この身体に自分以外が触れたことが、許せなかった。


 そして、その事実は、ジェシカを深く傷つけるだろう。



 いまさら、真実を告げて、どうなる?



 きっと、ジェシカは責任を重く受け止め、グレンから離れていくだろう…。


 また、ロブの言葉がよみがえる。



『今なら間に合うかも知れない。お前の子を身籠れるかも知れない。他の男に抱かれたなんて知らないほうが良い』



 そうだ。知らなければ、無かったことにできる。



「そうするのが…最善なら…」



 グレンは、ジェシカの頬を撫でていたその手をおとがいへ滑らせ、そっと持ち上げた。



「君は、何も知らなくていいよ…。そうすれば、君は苦しまなくて済む。大丈夫。僕が、全部引き受けるから…」



 ジェシカが自分に抱かれたと信じるのなら、それが二人にとっての真実になるだろう。


 吐息が触れ合うほどに顔を寄せたグレンはやるせなく微笑んだ。透き通った涙が、あとからあとから頬を伝う。



「あ…グレン、また…?嬉しい…」



 うっとりと紡がれる言葉は、確かにグレンに抱かれていると思い込んでいるのが窺えた。


 グレンは、その潤んだ唇に、静かに自分の唇を重ねた。



 すべての記憶を、塗り潰すように。




******




「どうしてこんな事になったんですか!?」



 自分の状況を全く理解できないジェシカは、グレンに猛抗議した。


 服は着ておらず、夜伽のときと同じ…いや、それ以上の疲労感。そして体中にいつもより濃く目立つ赤い痣。



「非常識にも程があります。敵国の王城でなんて事を…!」



 媚薬と暗示は激しい睦事で吹き飛ばされたのか、正気に戻ったジェシカがグレンをはねのけた。再会の喜びすらふっとんだ。



「…僕は以前、この隠し通路でここに来たことがあったんだ。君を連れ戻しに忍び込んだところで王弟が、君をここに連れてきた」



 グレンはだいぶ省略して説明する。



「一人でここに来たんですか!?無謀過ぎます!」



「その言葉、そっくり君に返すよ」



 静止を振り切って、敵陣に斬り込んだジェシカを嗜めるようにグレンが言い返した。



「う…っ、そ、それで、なんでここでこんな事を!私だけ全部脱がされて、貴方は軍服のままって、どういう……」



「あんな状況で連れ去られて…僕がどれだけ心配したと思ってるの?無事を身体で感じたかった。陣営に戻ったら帰国までできないだろう?それだけだよ」



 怯みながら切り返したジェシカに、グレンは平静を装って返す。



「し…信じられない!ケダモノ!!」



 どう考えてもまともな説明ではないのに、普段の夜伽の激しさのせいか、この程度で納得されててしまうのも、何だか悲しかった。



「ジェシカ。おいで。無事に生きている事を確認させて?」



 グレンは気を取り直し、ジェシカに向かい両手を広げる。


 ジェシカはどうしようか戸惑っているようだったが、ぽすっと、グレンの胸に倒れ込んだ。



「心配させて、ごめんなさい…グレン…」


 そう言ってグレンにしがみついてきた。



「助けてくれてありがとう。でも、もう絶対にあんな無茶はしないでくれ…」 


 

 グレンもジェシカを固く抱きしめた。


 そして、お互い顔を見合わせると、どちらからともなく唇を深く重ねた。





 グレンはジェシカに服を着るよう促した。薄い羽織はベッドの下に押し込んで隠して。



「現状が全く把握できません。王に謁見し、和平の訴えは打ち捨てられました。その後、部屋に軟禁されていたはずですが…」



 服を着ながらジェシカは記憶をたどった。女剣士ジルに一服盛られ、何か語りかけられたとこらから記憶が飛んでいる。


 次に朧気に憶えているのは、目隠しされて抱かれているときだ…。


 先日も狩人の小屋で事に及んだ事といい、何か変な趣向に向かっている気がする…。


 けれど、いつもより優しく、包み込むように抱かれ、夢心地だったのは覚えている。その後はどんどん激しくなって、正気に返り今に至るわけだが。



「君が暴れないよう、眠らされていたようだよ。王は王弟が殺したそうだ…。全軍に投降を呼びかけると言ってた。僕たちも急ぎ陣営に戻って、和平交渉を行わなければならない」



 グレンも服を整えながら、とんでもない説明をよこした。



「ええ!あの暴君が!?どうして今になって王弟は動いたんですか!?」



 その原因が自分だとは夢にも思わず、ジェシカは叫んだ。



「さぁ…?とにかくブレイグ兵が引いてくれるなら、これ以上のことは無い。早く陣営に戻ろう」



 グレンは、素知らぬふりをして話を切り上げ、ジェシカに手を伸ばすが…。



「ま…待って…、こ…腰が…その」



「ごめん…ちょっと激しかった、ね…」



 この感覚はちょっとどころではない。


 ジェシカは開いた口が塞がらなかったが、ひとまずは服を整える。


 だがベッドから立ち上がろうとすると、やはり腰が震えて力が入らない…。



 見かねたグレンはジェシカに肩を貸した。


 あの鬼神の如き戦いぶりからは考えられないへたり具合だ。



「通路を抜けた所にシルビィをつないでるから、そこまで頑張って」



 ジェシカはグレンに支えられながら隠し通路の階段を下って行った。





 城からだいぶ離れた山林の中に隠し通路の出入口はあった。


 ジェシカはフラフラの身体にむち打ちようやくそこにたどり着いた。


 城の裏手の山の中、洞窟の奥の石をずらすとその入口があらわになった。



「決まった手順で動かさないと毒矢が飛んでくる仕掛けになってるから気を付けて」



「何で知ってるんですか?」



「昔、教えてもらったんだよ」



 誰に、かは何となく察しがついた。かつてのブレイグの友にだと。そして自衛団の団長、ロブが王弟だったのだろう…。





 出口のそばに繋がれたシルビィは主を見つけると、嬉しそうに鼻を鳴らした。


 手綱には、折りたたんだ紙が結びつけられていた。



 グレンは無言で紙を解き中身を確かめるとポケットにしまい込んだ。



「何が書かれてたんですか?」



「伝言だよ。場所はちゃんと覚えているんだけどな」




 結びにはロバート・ブレイグと署名がしてあった。ロブは愛称だったのかと、今更ながらに知る。


 グレンはそれ以上何も言わず、シルビィに跨り、ジェシカを引っ張りあげた。




「シルビィ、二人は重いだろう?ごめんな。少しの間頑張ってくれ」




 グレンはシルビィに優しく語りかけ、手綱を引いた。


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