中嶋外伝⑥ 青かった日々

 2017年  4月  幡ヶ谷駐屯地 

 黒江、本多と出会ってから約一年後___



 ...今日のノルマはこれで終了。

 丁度脳内で演奏していた、「パッヘルベルのカノン」も終わった所だ。


 それにしても、日に日にノルマの量が増えている。今日一日で自分が作った携帯飲料と簡易食料だけで、千人の隊員を十日間持たすこともできる量に相当する。


 この国で、自分の『創造』以外の製造ラインがどれだけ機能しているのか、そのデータを是非とも知りたいところだ。

 仕事場から食堂に向かう途中、ふと窓の外に目をやる。


 窓の外では遊歩道に植えられた桜の木々が、町を桜色に染めはじめていた。

 そうか、もうそんな季節か。


 あの日、ガラの悪い隊員に絡まれていた黒江君と本多君を助けたあの日から、11が過ぎた。

 それにしても、歳を重ねるごとに時が過ぎる感覚は早くなるばかりだったが、この一年はとても濃密で、そして長く感じた一年であった。思い返せば、色々な出来事が蘇る。


 6月、寝ぼけた本多君が食堂の電気系統を一時的に止めてしまい、朝ごはんの配膳を待つ列が過去10年で一番長くなった事があった。

 9月には、黒江君が急に肩を叩いて来た金井に驚き、建物の一部の壁ごと金井を弾き飛ばした事もあった。

 そして何故かそのお咎めは金井が受けることになり、医療室で両鼻にティッシュを詰めた金井がくどくど上官に怒られているサマを、本多君に監視カメラにハックしてもらい笑いながら見物した。あの時の黒江君は、最初こそ申し訳なさそうに見ていたけれど、たしか金井が逆上して詰めていたティッシュがスポーンっと飛んだあたりで吹き出していたな。


 そういえば、金井が本多君に成人向け雑誌と引き換えに女性隊舎のカメラにハッキングしてほしいと頼み込んでいた事件なんかもあった。あれは今年の一月とかであっただろうか?あの時は本多君が僕に相談してくれたおかげで金井の目論見を防ぐことができたが。


 ...あと、先週の日曜の夜は大変だった。

 金井が僕の部屋で秘密裏に酒を飲んでいると、アイツは遊びに来ていた黒江君と本多君に飲酒を勧めやがった。

 本多君は断ったらしいが黒江君は1杯飲んでしまったらしく、更に彼女の酒癖が大変悪かったせいで『遮断』の症状を出したまま眠ってしまったのだ。そのせいで僕の部屋には入れなくなってしまい、しょうがなくその夜は本多君の部屋に泊めてもらった。


 頭の中を、この1年間の思い出が駆け巡る。

 こんなもんじゃない。他にもありとあらゆるエピソードが溢れ出してくる。


 この1年は毎日毎日、本当に馬鹿馬鹿しくて、五月蠅くて、だらしなくて...、そして、

 笑顔が絶えなかった。


 悔しいが、30にもなって、学生時代よりも濃密な青春を体験してしまった気がする。紛れもなく、僕の人生で一番口数が多くなった1年間であった。



 そして、来週、

 金井と黒江君が前線に行くことが決まった。



_____________________________________




「今日も今日とて、ポテトサラダは不味いネ~。ねぇ、ナカジマ」

「あぁ。...そして今日も今日とて、お前は能天気だな。金井」


「いい事じゃないかァ。あーあ、黒江ちゃんが居たら喜んでポテトサラダ貰ってくれるんだけどナ~。」


 時刻は午後7時を回った所だ。

 今日は久しぶりに金井と二人で食事を取っている。


 金井と黒江君が前線に行くことが決まって一週間。来週中には二人共出発する予定だ。僕と本多君は国内からのバックアップが主な業務なので、駐屯地に残り続けることになっているが。


「なぁ、何でお前はそうも能天気でいられるんだ?168時間後にはお前は戦地に居るんだぞ」

「そんなこと言われてもなァ。ミー強いから、多分死なないシ。」


 金井は本当に関心がなさそうにポテトサラダをちまちま食べている。

 まぁいい、今回の本題はそこではない。


「...その件はいい。今日は何故黒江君と本多君が居ない時間に食堂に誘ってきたんだ?あと30分も待てば二人共...」

「いやぁ、ミーが居なくなる前にどうしてもナカジマに聞きたいことがあってネ。」


「なんのことだ?...そのふざけた一人称のことか?それならやめた方がいいと思うが」

でやってきてるんだからいいんだヨ。この一人称のおかげで学校では人気者だったんだかラ。」


 やはりキャラづくりのための一人称だったかと、僕は1人納得する。というか、三十路のおっさんが学生時代の影響を未だに受け続けていてほしくないものだ。


「それにしてもナカジマ、最近ほんと喋るようになったよネ~。...なんでか分かる?」


 ...何なのだ今日のコイツは。やけに回りくどい態度を取ってくる。

 おかげでこちらは一向に食事が進まない。


「...お前らのせいだよ。特に本多君と黒江君が来てからの日常で、少々口数が増えすぎてしまった。...それで、話の本題は何だ。」

「話の本題はね~、その黒江ちゃんのこと。」


 ...はぁ、なんだ。

 金井が珍しく真面目に話をするものだから期待をしていたのに、そういう事か。この男にはつくづく呆れる。


 金井は一呼吸置くと、わざとらしくウィンクして声を張った。


「...ズバリ!!黒江ちゃんはナカジマに恋をしているんダ!これは誰の目から見ても、一目瞭然の紛れもない事実なのだヨ!!」

「金井、ここは食堂だ。大声で変な誤解が生まれるような台詞を言うのは勘弁してくれ。...彼女は16歳、僕は30だぞ?そんなことありえない。」


「ハァ~~~、ナカジマは分かっていないな~。恋する”girl”にとって年齢の壁なんて”cracker”のようなものさ。」


 やはりこの手の話恋バナだ。


 確かに黒江君は僕に懐いてくれてはいるが、異性としてみているとは思えない。少なくとも僕の目には。

僕は金井を蔑みながら、彼の言葉を改めて否定する。


「いい加減にしてくれ。有り得ない。」

「”有り得ない”?ハッ、ナカジマは『LEON』を見たことがないのかい??」


「僕は『GLORIA』派だ。それに、もしそうだとして僕にどうしろと?」

「分からないのかい?黒江ちゃんもあと数日で出発なんだ。ユーがすることは、静かに手を握って、彼女の不安も、恐怖も、ナカジマへの思いも!全部受け止めることさ!」


 金井は身を乗り出して僕の目の前で力説して見せた。僕は呆れて、食事を返却口に戻そうと立ち上がる。

 そんな僕を見て、金井は必死に声を荒げ始めた。


「ユーが認めなくてもいいけどね、彼女の思いはホントだよ!ナカジマは歳のせいにして誤魔化してるけど、だったら尚更!ユーは大人として彼女に向き合うべきじゃないのかい?」


 30歳にもなってこんな奴から説教なんて受けたくない。


「余計なお世話だ。」

「そんなに頑なに否定するなら聞かせてヨ!”ソウゾウシン”ナカジマのタイプは!?」


 僕は食堂の扉に手をかけ、小さく溜息をつく。

 そしてそのまま、未だ席から大声で喚く金井を一度も振り返らずに食堂を後にした。



「僕なんかを好きにならない女性だ。」



_____________________________________




 廊下をしばらく歩いているが、良かった。金井が追ってくる様子はない。

 さっきの金井の話を真に受けるわけではないが、正直、僕は黒江君を異性として見ることはできない。


 無論、普段は彼女を一人の女性として扱っているが、恋愛が絡む要素は一切ない。当然のことだ。


(僕はこれからも良き友人として...。いや、結局一回りも年下の人間に対して友人でいて欲しいなんて独りよがりな考えを展開してしまってる時点で、同類か...?いや違う、これはあくまで駐屯地内の人間関係として___)


と、一人で自己嫌悪と現実から逃げる言い訳を考えていた、その時



 ...どんっ!! 



「あいたっ」


 呻く女性の声と同時に、僕の右半身に軽い衝撃が伝わった。

 良く前を見ずに歩いていた罰なのか、どうやら右の通路から出てきた人とぶつかってしまったらしい。


「も、申し訳ない、だいじょうぶ__って、黒江君か。」

「....なんですか~その、『コイツならいいか』みたいな顔は~!」


 けれど、ぶつかってしまった相手は幸いなことに知り合い。それも黒江君であった。


「ハハッ、黒江君ならいいだろ?」


 僕は尻もちをついてしまった黒江君に手を伸ばし、彼女の手を受け取るとゆっくり引き上げた。

 黒江君は頬を赤らめながら、相変わらず長い前髪越しに僕を睨みつけた。


「いや、すまないすまない。ちょっと考え事をしていてな。」

「中嶋さんが考え事ですか~、珍しいですね。...実は私もちょっと考え事をしながら歩いてまして。」


 黒江君は今度は少し申し訳なさそうに、「てへっ」っと笑って見せた。

 彼女のことだ。考え事と言っても今日の晩御飯の献立とかだろう。


(それにしても、このタイミングでの遭遇か。...一旦ここは当たり障りなく__)



「__あ、あの!!」


 口を開きかけた僕を遮ったのは、彼女の声だった。しかも黒江君にしては珍しく、大きな声だ。

 そして何故か彼女の声は、少し震えていた。


 唐突な彼女の様子の変化に嫌な予感を覚えた僕は、動揺しながらも聞き返す。


「ど、どうした?何かあったか?」

「中嶋さんは、もう夜ご飯食べてきましたか...?」


 僕は申し訳なさそうに首を縦に振った。

 僕は黒江君がご飯に誘ってくるのかと思ったが、彼女が口にした台詞は、予想外の台詞であった。

 ...いや、正確には予想はできたが、予想したくなかったのだ。


「そ、それなら良かったです...!あ、あのぅ、外に、行きませんか...?できれば、二人っきりで...」


 この展開......

 どんなに察しの悪い男でも、察しが付くだろう。


 ...金井、僕は本当に受け止めなくちゃいけないのか...?

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