中嶋外伝⑤ 動き出す日常
「それで、中嶋さんはどうして自分から入隊したんですかっ?」
20時の食堂。
昼よりかは人が少ないが、それでも16歳2人とアラサー2人のグループは変な注目を集めてしまっている。
自分の横に目を輝かせた黒江君が座り、斜め前にはテレビを眺めながら食事をしている本多君、そして目の前の席には鼻血止めのティッシュを詰めた金井がニヤニヤしながら座っている。
「......僕が入隊した理由は、この症状を最大限有効活用できると考えたからだ。」
「やっぱり中嶋さんの考えは合理的で素敵です!えっと、私は~、」
黒江君は聞いてもないのに語り始めてしまった。...どうやら、僕は黒江君に懐かれてしまったらしい。
僕が入隊してからおよそ10年。
一人で粛々と楽しんでいた食事の時間は、1年前に突然やって来た騒々しいハーフの男にぶち壊され、今日新たに高校生2人が付属するようになって、より活気のある時間になってしまった。
僕はただ一人の食事を楽しみたいだけなのだ。
「...あれ?中嶋さん、聞いてます??」
僕が虚ろにパスタを食べていることに気づいた黒江君が顔を覗き込んでくる。
黒江君の長い前髪が垂れ、普段隠れている左目と目が合った。
「ん?...ああ、すまない。それで、どうして入隊したんだ?」
僕は笑顔を貼り付け、黒江君に申し訳なさそうに聞き返した。
「も~、ちゃんと聞いていてくださいよ~!そもそも入隊自体は去年からの法改正で、『16歳以上の掌光病罹患者は強制従軍』って事になったのでしょうがないんですよ。だから家に入隊の資料が届いた時なんかは物凄い絶望しましたよ。けど、父と母、そして弟をこの手で守れるなら頑張ろう!って思って決心したんです。」
彼女は胸を張って言い切った。
今でこそこんな感じだが、黒江君は強い女性だと思う。
普通、16歳の少女が自分の意思とは関係なく従軍するとなったら、途方もない絶望を感じることだろう。しかし、彼女は家族の為と自分に言い聞かせてここに来たのだ。
僕が少し関心をしていると、黒江君はもじもじしながらこう付け足した。
「...それに、テレビで"ソウゾウシン"のことも知ってたんで、中嶋さんにも結構憧れてたんですよ?ふふふっ」
彼女はわざとか天然か分からないような表情で僕を"ソウゾウシン"と呼び、笑った。誰かのためになっていたのなら嫌な気持ちはしないが、ソウゾウシンと呼ぶのはどうかやめてほしい。
それにしても、さっきからこのテーブルは自分と彼女しか会話をしていない。
本多君はテレビを眺めながら黙々と食事をしているし、金井はティッシュを鼻に詰めたまま滑稽な顔でニヤニヤと僕らの会話を傍聴している。
そもそも、黒江君は倍近く歳が離れた自分と会話をしていて楽しいのだろうか?
僕はまだパスタを完食していなかったが、席を立ち返却口へ向かった。
黒江「あ、中嶋さんもう行くんですか?待ってくださ~い!私も今片付けるんで!」
金井「中嶋サ~ン。ミーのことも待ってくだサイ~。」
本多「ん?みんな行くのか?じゃあオレも行こっ。」
...はぁ、僕はいつから桃太郎になったのだろうか?誰にもきび団子なんてあげた覚えはない。
「...なぁ、君たち。何故僕についてくるんだ?」
僕は振り返り、三人の顔を交互に見て問いかけた。
黒江「えーと、その、...中嶋さんが、カッコイイから...?」
金井「カッコイイからー!」
本多「楽しいから。」
........話にならない。
まぁいいだろう。人と話すのは新陳代謝の活性化に繋がるという。
コイツ等とも、上辺の関係は構築しておくべきか。
...金井は本当に鬱陶しいが。
「...分かった、好きにしなさい。」
言った瞬間、黒江君がはしゃぎだす。
「やった~。じゃーあ、えっと!中嶋さんは好きな食べ物と嫌いな食べ物とかありますか?私は~...好きな食べ物はポテトサラダで~、嫌いな食べ物は味がしない物ですね!噛み終わったガムとか、えずいちゃうんです!」
「..........」
黒江君のマシンガントークは聞いているだけで疲れる。
最初に出会った時の内気な彼女はどこに行ってしまったのか...
「それで~、中嶋さんの好きな食べ物と嫌いな食べ物は何ですか??」
黒江君は目を輝かせながら問い詰めてくる。
「...ふぅ。好物は不飽和脂肪酸を多く含んだもの。嫌いなものはキュウリだ。今日の世間話はここまでにしておこう。君たちの隊舎は左だろう?僕と金井は直進なんでな、おやすみ。」
僕は一呼吸で質問に答え、彼女たちを帰るように促して見せた。
正直なところ、一刻も早く横になって今日の疲れを取りたい。
本多君が「おう、またな。」と返すなか、黒江君は名残惜しそうな顔で「明日朝の食堂で会いましょうね~!」と大声で呼びかけ、手を振ってきた。
金井は手を振り返してあげているが、僕にはその元気がない。改めて、自分から賑やかな人間を集めるフェロモンでも出ているのではないかと疑問になった。
...それにしても、最近は春も終わり、暑くなってきたな。
食堂から隊舎までの道は屋外なので、初夏の風に当たりながらふと季節を感じることができる。
さっきからこちらに視線を向けてくる金井を見ると、まるで成人向けの本を拾った中学生のようにニヤッと笑ってきた。
金井はその表情のまま僕に、「Finally it's time for nakazima to shine.」と言った。意味は分かったが、もう反応する気力も湧かない。
僕は金井を無視して、足早に隊舎へ向かう。
...明日からの日常が不安でしょうがない。本当に。
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