中嶋外伝① ソウゾウシン

 2001年、一部の国家間で掌光病を軍事利用した紛争が勃発した。


 それを皮切りに、幾つかの専制主義国家や開発途上国が、本格的に掌光病を兵器として運用するようになった。それを追うように米国や欧米諸国も、決して表立つことなく、裏側で掌光病を軍事利用する動きが始まる。


 ....いや、それが始まりではない。


 きっと掌光病という存在が一般化した時点で、多くの権力者はその特異性に内包された革命的な戦術の可能性に目をつけていたのだろう。


『掌光病は国家間のパワーバランスを覆す要因になる』


 その緊張は瞬く間に全世界へと伝播した。

 そして、その緊張感に触発されたのは、日本も例外ではなかった。

 日本は他国相手に引けを取らないよう、表向きはと銘打ち、一般の掌光病罹患者から軍事利用できそうな症状を持った人間を引き入れるようになった。


 それが2005年の出来事。

 今の日本の政治体制は、世界の混沌と共に生まれた、まだ幼い専制君主制。その頂点にのさばっているのは政治的権力者。

 マスメディアやSNSも、公に改定こそされていないものの、戦争が始まった後は著しく規制が厳しくなっている。


 以上がこの世界、そしてこの日本の現状だ。

 そんな国の元で、自分は今日も兵器を創り続けている。


 決して争いを好んでいる訳ではないし、兵器を創りたいと心の底から思っている訳ではない。

 しかし今、自分にしかできない仕事がここに在る。


「人を殺す」、その行為を直接この手でしていないというだけで、自分は武器を生産し、間接的に殺人を強要している。

 それもこれも全て理解しているつもりだ。その上でこの仕事に誇りを持っている。


 自分が『創造』した兵器のおかげで戦地では第一線を保ち、その苛烈な火の粉から日本の国土を守っている。

 この国と、この国の人達を守れるのなら、自分の手は幾らでも汚すことができる。


創造そうぞう』、それが自分の症状名。と言っても、専門家に命名されたわけでもなく、自称しているだけだ。


 自分がこの症状を自覚したのは小学2年生の頃。自分は教室で鉛筆を握りながら、昨日食べたアイスクリームを想像していた。

 その冷たさを想像し、形を想像し、色を想像し、味を想像した。


 すると突然、右の手の平に冷気を感じたのだ。

 見てみると、さっきまで握っていた鉛筆の代わりに、そこには握り潰してしまったアイスクリームがあった。

 それまでも不思議なことは身の回りでよく起こっていたと思うが、その時に確信した。自分は「掌光病」なのだと。


 それ以来、自分は十数年に渡って自身の症状を隈なく検証したが、自分が掌光病罹患者だという事実を誰かに明かすことは無かった。

 医者にも、先生にも、父にも母にも、誰にも。

 まだ日本で掌光病に対する理解や処遇が十分ではなかったあの時代、自分が掌光病罹患者として生きるより、ただの人間として生きた方が遥かにメリットが多かった。


 自分が生まれて初めて他人に掌光病のことを打ち明けたのは10年前、つまり2007年のことだった。

 当時二十歳だった自分が掌光病を打ち明けた理由は、陸上自衛隊が掌光病罹患者を募集しているとの情報を聞いたからだった。


 人の為にこの力を使うのなら、これ以上の場所はないと考えた自分は、直接駐屯地に赴いた。

 あれはあまりにも若さの目立つ突発的な衝動だったが、あの時の行動は今でも後悔していない。


 今の軍には、「自分はある物体Aを触りながら異なる物体Bを想像すると、触れていた物体Aは、想像していた物体Bに変化する」と、説明している。


 本当の力は少し違うが、この説明だけで軍には十分貢献できるし、なにも自らの手の内を全て見せるリスクを冒す必要がない。

 今はこの『創造』を使い、日々運搬されてくる鉄くずや木片、ゴミなどを、兵器や携帯食料などの物資、更には国や企業の上層部が秘密裏に依頼してくる様々な物品に造り変えている。

 それも一日数トンに及ぶ相当数を。


 昨日も今日も明日も、一か月後も一年後も、この繰り返しだ。

 この国が戦争に勝つまでは。


 以上がこの僕、”ソウゾウシン”こと、『中嶋なかじま いさみ』という人間だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る