第11話 恋の予感、戦争の足音
2017年 7月 源のアパート
...とりあえず優人に誤魔化しの説明はしなくてはな。と思った俺は、言い訳を考えながらドアを開けた。
ガチャッ
「優人、ごめんごめ___何やってんのお前。」
ドアを開くと、そのドアに張り付くように待機していた優人が姿を現した。
まるで大きいセミみたいで気色悪い。
俺は優人に最大限の軽蔑の視線を送ったが、優人はそれに屈せず、逆に攻勢に転じてきやがった。
「俺のことなんてどうでもいい。....源!!さっきの可愛い子ちゃんはどこ中の出席番号何番だァ!」
優人のとてつもない気迫に少し押される。
「う、別に誰でもいいだろそんなの。ただの知り合いだよ。」
俺はとにかく部屋の中に入ろうと優人を押しこむ。しかし、この盗聴セミ男はなかなか退き下がらない。
優人は少し考え込むような素振りをすると、大袈裟にガッテンし、気持ち悪くニヤリと笑った。
「さては、この間言っていた他校の好きな子か!!」
「なっ...!」
何故優人が知っている!と、言いたいところではあったが、コイツは知っていて当然なのだ。数か月前に開催した、何の生産性もなかった男二人の恋バナ会を、今になって猛烈に後悔した。
「はっはっはぁ!どうやら図星の様だなぁ!」
「...そうだよ!いいから一旦俺を部屋に入れろ」
優人がやっと机のあたりまですっこんだので、俺は玄関に上がってサンダルを脱ぎ捨てる。先に座った優人がやけにニヤニヤしながら俺を見つめた。
「なるほどなるほど。...その恋、この黒江優人が手助けしてあげようかね?」
何を言い出すかと思えば、....所詮童貞の戯言!
こんな男に任せる恋なんて、花びらを千切っていた方がまだ希望を持てるというものだろう。
「優人、どこからその自信は湧いてくるんだ。お前は人の恋より、自分を愛してくれる人間を見つけるのが先だろう。」
と言いつつ、俺は内心鼻で笑う。
優人本人は、顔はまぁまぁ。しかし!この腐った性格が問題だ。
コイツに彼女ができようものなら、それは驚天動地を超えて、天は心臓発作を起こし、地はフルマラソン状態に陥るだろう。
しかし、意外にも優人は俺の挑発など意に介さない様子だ。
一体どこからその落ち着きはやってくる?
「うんうん、まぁ一旦落ち着け。そして、俺がこれから言う言葉の意味を良く咀嚼しろ。」
コイツのこの余裕、そして不敵な笑み、
まさか....!
なんだか、途轍もなく嫌な予感が脳裏をよぎった。
「俺は!1カ月前に!!彼女ができたっ!!!」
「...!?」
誰か、天にAEDを持ってきてくれ。
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それから5時間後...
部屋の中に秒針の音が響く。
時刻は19時。
さっきまで優人のせいで騒がしかった分、一人になった瞬間いつも以上の静寂に包まれた気がする。
それにしても優人に彼女とは、世の中には物好きな女性もいるものだ。
優人の彼女は、俺達の2個隣のクラスの人らしい。
名前も言っていたが、なんだか聞き覚えのない名前で、正直誰かは分からなかった。
それにしても、ベタベタに惚気ている優人は一発パンチを入れようかと思うくらい癪に障った。
実際にパンチを繰り出さなかった理由は、優人の言う『源ちゃん恋愛成就大作戦!!』成功のためだ。...まぁ、このふざけた作戦名を優人が発表した時は一発殴ったが、それはノーカンと行こう。
とにかく、彼の言う作戦とはこうだ。
まず、2週間後に控える隅田川花火大会でダブルデートを実施するのが、大きな目標。そうすれば、積極的に優人と彼の彼女が俺たちのサポートに回ってくれるらしい。優人が言うには、本物のカップルが隣に居れば、愛日も絶対に俺のことを意識しちゃうとか。
つまり、俺はまんまと『源ちゃん恋愛成就大作戦』に乗ることにした。昔から、”やらない後悔よりやる後悔”というではないか。
不安がないと言えば嘘だが、いつまでも受け身のままじゃ何も進まないと分かっている。優人に背を押されて行動を起こすのは癪だが、今回は男らしく腹を括って愛日と向き合ってみたいと思う。
「ふぁ~あっ」
なんだか、今日はどっと疲れた気がする。
例の
....残念ではあるが、あの本の初出勤は明日に延期だな。
俺はぼーっと、垂れ流しになっていたテレビを眺める。
(...ん、なんだ?)
今更気づいたが、なんだかニュースが慌ただしい。
「繰り返しお伝えします。新宿駐屯地から、”ソウゾウシン”『中嶋勇』の消息が不明との発表がされました。こちらに表示しております中嶋の似顔絵を見かけた、という方は駐屯地にご一報ください。電話番号は__」
アナウンサーの横に、鉛筆で書かれた中嶋勇の似顔絵がデカデカと映し出されている。彼の顔は、眼鏡をかけた知的な男性、という印象であった。
(想像と少し違うな。)
アナウンサーは延々と同じ内容を繰り返している。
番組を変えてもどこも、「中嶋勇、捜索中」だ。
戦争が始まってからより一層面白くなくなったテレビに愛想を尽かした俺は、無造作に電源を切る。
「愛日から借りた小説も読まないとな...」
俺はカップ麺を作ろうと、やかんに水を注いだ。
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同時刻
東京 文京区
もうそろそろ2時間。
駐屯地の連中もとっくに気づいて、今頃騒ぎになっているのだろう。
ここからは更に帽子を深く被っていかなくては...
ふと、横を通った中年女性達の井戸端会議が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、お向かいの東伯さんのとこの子、自分から志願して入隊したそうよ。」
「へぇ~、立派ねぇ。ウチのなんかホント甘えてて、見習ってほしいわよ。」
『立派』か。自分の子を戦地に送りたがるなんて、異常以外の何物でもない。
...けれど、今のこの国ではその考えの方が”通常”なのだろう。
「しかし、」
思わず声が漏れてしまう。それは、女性たちに聞かれないほどの微かな声で。
「日本は、戦争に負ける。」
次回、中嶋外伝
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