第7話 楓の栞
2014年 5月
東京都 世田谷区 愛日の家
「あ!それズルくね!?」
愛日の操作しているピーチがショートカットを利用して一位に躍り出る。
俺もついていこうと必死にコントローラをガチャガチャと動かすが、結局はコース外に落ち、雲の上に乗った銭ゲバ亀に助け出される羽目になる。
「ズルくないでーす!源も真似したらいいのに~。」
そう言って、愛日の操作するピーチは一位が決定し、喜んでいた。
その横の画面では、俺の操作しているクッパがバナナにぶち当たり、盛大なスリップを披露している。
「マネできたらしてるって!...あーあ、ゲーム持ってない俺が持ち主に挑んでも勝てっこないよ。」
俺はそう言ってコントローラーを膝に置いて足を投げ出す。
愛日は立ち上がってテレビの横に移動し、ゲームソフトが入った箱を開いて、いくつかを手に取り俺に見せてくれる。
「じゃあ今度はコレかコレはどう?こっちなら私もそんなにやってないし。」
「なるほど~、んじゃあ...」
今までどのゲームでも一方的な展開を強いられてきた俺は、なんとしてでもリベンジすべく次なるゲームソフトを指さそうとする。
その時、横目に時計が映った。長針と短針は仲良く下を向いている。
「げ!もう6時半じゃん、帰んないと。」
俺は帰宅をするために自分の荷物をまとめ始める。
愛日は手に持ったゲームカセットたちを下ろして、不思議そうに首を傾げた。
「源の家って門限とかあるの?」
「いや、どうせ今日も母ちゃんは居ないけど、まだ小学生だし一応さ。愛日の親もそろそろ帰ってくるんじゃないの?」
そう言ってから、俺はソファーの横に置いたリュックに手を伸ばす。
愛日は少しだけ黙って俺を見て、それから笑った。
「確かにそうね。......フフッ、なんか、アンタって意外と真面目なのね。」
愛日が意地悪そうな顔を浮かべている。
俺は少しムッとして、愛日に指をさしてから否定する。
「俺は意外とかじゃなくフツーに真面目だ!悪いかよ。」
「いーや?そんな真面目な源でも、私の消滅見てた時はあんなはしゃいでたって思うと面白くってね。」
俺は何も言い返せず、ニヤニヤしてる愛日の横を、目を伏せて通り過ぎることしかできなかった。その時、机の上に置いてあった一枚の栞に、無性に惹きつけられた。
...決して話題を変えたかっただけではない。
「なぁ、この栞、すっげー綺麗だな。中にあるのは...楓?」
俺は栞を手に持って、天井にかざした。光を通すと、綺麗な赤茶色の楓の葉がより一層輝く。
俺の言葉を受けた愛日は、さっきまでの小馬鹿にした口調をやめ、途端と明るくなった。
「あら、見所あるじゃない!!その栞は秋に紅葉狩りに行ったときに作った、特製楓の押し花栞よ!」
愛日が俺の手から颯爽と栞を奪い去り、今度は自分が、恍惚とした顔でソレを眺め始めた。
(結局、俺ほとんど見れてないんだケド...)
そんな愛日が、唐突に俺の方を振り向いたと思うと、今度は俺に質問をしてきた。
「ねぇ、楓の花言葉って知ってる?すっごい素敵なのよ!」
知らない。
というか、花言葉なんて何一つ知らない。
....何で女子は決まって、こう、ロマンチック?な話題が大好物なのだろうか。
愛日も結局、年相応な普通の女子だと思い、(俺に「ほんと男子ね」とか言ってた割に愛日も思いっきり女子じゃん....)なんて思ってしまう。....むしろそのくらいの方が安心はするが。
ともかく、俺は楓の花言葉なんてものは知らない。
「....楓に花言葉なんてあったんだ。それで?花言葉は?」
俺は大して興味がなかったが、一応形だけでも知りたい感じを出しといた。女子ってそういう方が嬉しいもんでしょ?
愛日は、なにやら悩んでいるような素振りを見せるだけ見せ、最終的には、
「ん~、まだ、秘密かな!いつか教えてあげるわよ!」
と、勝手に一人で盛り上がって終わってしまった。
俺は(なんでだよ.....)と思いながらも、なんだかここまで盛り上がっている愛日が珍しいような気がして、しばらく眺めていた。
それにしても、女子の脳内は理解ができない。
盛り上がっている愛日を一通り観察し終えた俺は、玄関でいそいそと靴を履いた。
そんな俺の背中に、栞を片付けてきた愛日が声をかけた。
それはさっきまでのような浮足立った口調ではなく、静かに、少し緊張も感じるような声色だった。
「あ、あのさ、次はいつ遊べる...?」
俺は予想外のその言葉に、思わず動きを止めてしまった。正直、愛日が聞いてこなかったら俺から尋ねていたと思う。
そんな台詞が彼女から投げかけられた事実に対して、嬉しさと安心が胸の中に広がったのだ。
俺はこの高揚を悟られまいと、至ってクールに返答した。
そう、至ってクールに、決して俺の喜びが悟られないように...
「明日とか!!」
うむ、実にクール。
愛日は驚き半分、嬉しさ半分といった顔で目を見開く。
「え!?あ、明日?」
「っていうか俺は毎日暇なんだけど。愛日は明日忙しかった?」
「い、いやいや!全然そんなことない!!」
「じゃー、時間と集合場所は、今日と同じで!」
俺は履き終わった靴のつま先をトントンっと合わせてドアを開ける。
「お邪魔しました~!」と声をかける俺に、愛日は笑いながら手を振ってくれていた。
自転車にまたがってもう一度振り返って愛日に手を振り、俺は帰路についた。
一日で誰かとこんなに話したのっていつぶりだろう。
俺の往く道を照らしている街灯は、俺の未来まで照らしている。「また明日も愛日に会える。」そう思うと思わず自転車をこぐスピードが速くなってしまう。
この恥ずかしさにも喜びにも安心にも似た感情は、初めて感じたが、その正体には心当たりがあった。
「俺、愛日のことが、好きになっちゃったのかぁ...」
目の前の赤信号が、青信号に切り替わった。
続く
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