第6話 2人ぼっち
2014年 東京 世田谷区 愛日の家
「掌光病罹患者は、普通の生活を送れない。その形は、きっとたくさんあるのだろうけど」
彼女は悲しげに、けれどはっきりと口を開けて自身の過去を語ってくれた。
「私はずっと、一人だった。学校にも行ってるし、家にはパパもママもいる。だけど、ずっと一人。......怖がられてきたから。学校では、みんながわたしに愛想笑いを向けてくるの。それは先生も一緒。少しでも怪我をしたりするとすぐに早退させて、まるで時限爆弾を扱うようだった。」
愛日の学校での生活が目に浮かんだ。『消滅』の症状を持った少女の扱いなんて、容易く想像できる。
「家でも一緒なんだ。パパやママでさえ、私を怒らせないように、私の顔色を見て笑顔を作ってる。欲しいものはなんでもくれるし、あの写真の猫も、私が昔飼いたいって言った時に買ってもらったの。.....私は、まだ症状を知らなかった昔みたいに、本当の笑顔の二人と笑っていたいだけなのに.......」
テーブルの上に飾られていた家族写真は、まだ赤ちゃんの頃の愛日をお父さんとお母さんらしき人物が抱きかかえている場面であった。
お父さんも、お母さんも、この写真の中では心の底から笑っている。
愛日は悲しそうな顔で、真っ黒なテレビに反射する自分の顔を見ていた。
「私はこれからも一人なんだ、皆から怖がられて生きていくんだ、ずっとそう思ってた。そんな時、公園で一人だったあなたを見つけたの。なんだか、あなたを見てると、少し安心しちゃって。それで、話しかけたんだ。」
愛日は悲しい顔をやめてグ~っと体を伸ばし、俺の方を見つめると、はにかんで笑った。
そのはにかんだ顔は、どこか悲しみを纏っているようにも見えたが、それ以上に綺麗であった。
「私の症状、カッコいいって言ってくれたの、実は結構嬉しかったんだからね?」
そういって覗き込む彼女の耳から、綺麗な黒髪が垂れ落ちてドキッとしてしまう。
「だって、本当にカッコいいし...。今も消滅の力、もうちょっと見たいと思ってる.......なんて」
ダメ元でねだってみたが、物は試しだ。彼女は、「仕方がない」というふうにため息をついたが、俺の頼みに応じてくれるようだった。
愛日は面倒くさそうに、しかしどこか嬉しそうに、机の上に放ってあったプリントを手に持った。
「はいはい。一回だけだからね?...消滅は、私の手の平の延長線上に有る物を...」
愛日はプリントをひょいと放り投げて、手の平の向きをひらりひらりと舞うプリントの方へと合わせた。
「消すことができる。」
彼女がそう言い切った瞬間、手の平の延長線上の空気が、陽炎の様に揺れて見えた。少しして床に落ちたプリントを見ると、愛日の手の形に穴が開いていた。
俺はプリントの背後の壁が無傷なことにも驚いたが、やはり彼女を賞賛してしまう。
「おおーー!やっぱりすっげぇカッケー!その消滅って、距離の制限とかあんの?」
「さぁ、試したことはないけど、大抵の距離は届くんじゃない?」
「今、プリントの後ろの壁に穴が開かなかったのは、愛日が調整したから?」
「まぁ、そうなるわね。けど、いちいち調節してるって感じじゃなくて、うーん....、感覚なのよね。手足を動かすように。あんたの力もそうじゃないの?」
(俺の力...)
愛日に言われ、初めて考えた。
自分の『入替』も、確かにいちいち意識しているわけではなく、強いて言うなら入れ替えるものを一瞬想像するぐらいだ。
「なるほど...確かに。なら尚更掌光病は俺たちと密接にあるってことか...」
俺は、思索に耽そうになったが、間一髪で、この話の本筋を思い出した。
「あ、ごめんごめん。話が逸れちゃった。今度は俺の話だよね。」
「...もし、話したくないなら無理に話さなくていいよ。私が勝手に話し始めただけだし。」
愛日は手の平に顎を載せて優しくフォローしてくれている。
けれど、俺も男子だ。女子に一方的に話さすだけ話さしてだんまりは、あまりにも格好がつかない。
「いや、愛日が全部話してくれたんだ。俺も愛日に知ってほしいし、話させて。」
俺は少しカッコつけてそう言うと、一呼吸置いてから口を開く。
「掌光病罹患者は普通の生活を送れない。俺もそう思う。けど、俺は愛日と少し違う。」
俺は今までの日々を思い出す。
辛いけど、いつまでも目を背けていちゃダメなんだ。
「俺も2か月前までは学校に通ってたんだ。最初は普通の学校生活だった。けど、俺が掌光病罹患者だって皆に知られて、最初は興味本位だった皆の目線が、どんどん面白がるような視線になったんだ。...まるで、人じゃない奇妙な生物を見ているような視線に。」
俺は記憶の中で蘇る負の感情を押し殺すために、苦笑いをすることしかできなかった。
「最後の方は只のいじめだった。柔道を習ってる斉藤の見せしめになって、それを囲んでみてるクラスメイトは、俺に近づくと掌光病がうつるとか言って病原菌扱いを始めた。『入替』を使うと余計面白がられるようになって、だからなるべく掌光病に頼んないようにした。先生は関わりたくないのか、俺が何か言うまで見て見ぬふり。仮に親に相談したとしても.....」
思わず、俺は言葉に詰まる。
ここまで話すことなのか...?
家族の話を他人にしたことなんて、人生で一回もない。
....いや、話すべきだ。
愛日は全部俺に話してくれた。
だから俺も話すんだ。
「家族は、俺に興味がないんだ。家族って言っても、父親は俺が掌光病って分かってすぐ逃げたらしくて、母ちゃん一人。その母ちゃんは、昔は女手一つで必死に俺を育ててくれた。けど、最近はよく知らない男の人と出かけて、朝に帰ってくるか、暫く帰って来ない時もある。そんな母ちゃんでも、俺にはたった一人の家族だから、切り離せないんだ。......向こうはとっくに愛なんてないんだろうけどね。」
こんな話をするとき、俺はどんな表情をすればいいのか分からなかった。
けれど、横で愛日が聞いている。
それだけで、なんというか、もっと知ってほしいと思ってしまった。
「俺は、ずっとこの病気が憎くて、嫌いで、何回もこの病気がなかった人生を想像してた。けど、想像すればするほど、目の前の現実がどうしようもない物な気がして、辛かった。だから、その....、愛日が目を輝かせて俺の症状を凄いって言ってくれた時、初めて生きる意味を感じた気がした。つまり、めっちゃ嬉しかったんだ。」
いざ自分が話すとかなり気恥ずかしいと認識する。
愛日は微笑みながら俺の話を受け止めてくれた。
...すると、彼女は突然立ち上がり、両手で空を掻っ切った。
「...あーあ!!私たち、ほんっっとゴミみたいな世界に生まれちゃったね!!....けどさ、一人ぼっちの私たちが同じ場所に居るって事は、少なくとも二人ぼっちって事じゃない?しかも、二人共、普通じゃない力をもってるの!!なんかさ、私たちにできないことって無いんじゃないかなっ!」
愛日は元気よく声を張り上げて、俺に指をさす。
愛日のその言葉に、どこからともなく暖かさを感じた。
「二人ぼっち....いいね、それ。」
俺は笑いながら愛日と目を合わせる。
愛日は「でしょう?」と眩しい笑顔を向けてくれた。
「...今日から俺たちは二人ぼっちだ!!入替と消滅が揃ったら、最強だな!!ははははは!」
俺が笑うと、愛日も吹き出す。
広々としたリビングに二人の笑い声が満ちた。
(二人ぼっちか...)
今までクソみたいだった世界が少し、ほんの少しだけ、楽しげに見え始めた。
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