第3話 約束の土曜日


 2014年 5月 東京都 世田谷区



 やはり土曜日は嫌いだ。まぁ、土曜日に限らず休日は知り合いに見つかるかもしれないから嫌いなのだが。

 

 そんな事を思いながら、なるべく小学生が居そうな場所を避けて、俺は目的地へ向かう。今日は以前、隣町の公園で出会った、『有我 愛日』と名乗る少女との再会を口約束した日だ。


(あの時は流れで次の約束を取り付けられたけど、正直向こうが来てくれるメリットってないよな~。...っていうか、そもそも愛日アイツが本当に掌光病罹患者なのかも怪しいよなぁ。掌光病罹患者なんて、そう滅多に居る存在じゃないだろ~?)


 なんて、愛日のことを少し疑りながらも、俺はオンボロな自転車のペダルを漕ぎ進めてしまう。もう俺は、懐疑心なんかを優に上回る好奇心に支配されているのだ。

 

 彼女はあの日、自分を掌光病罹患者と名乗っておきながら、俺に症状を見せることなく立ち去ってしまった。もし愛日が本当に掌光病罹患者なら、彼女は一体どんな症状を持っているのだろうか?

 彼女は自分の症状の事を、「源みたいに良いもんじゃない」なんて言っていたけど、だとしても気になる。そんな、沸き上がってしまう知りたいという欲求を心の内に留めておくことなど到底不可能で、俺は今、隣町の公園まで向かっているのだ。


 家から自転車で20分ほど。そこにあるのが、昨日愛日と出会った、俺が平日いつも時間を潰している隣町の公園だ。

 ようやく着いたその公園は、休日という事もあり沢山の小学生達で賑わいを見せている。

 俺は自転車を適当な場所に停め、公園を見渡した。


(知ってる顔は......居ないな、よし。)


 隣町という事もあり、俺の知り合いはいなかった。


 という事は...

 そこに愛日も居なかった訳だ。


 ...だが、諦めるのはまだ早い。そもそも前回は、「次の土曜日」と言っていただけであり、何時に集合などの打ち合わせをしていなかったのだ。


 俺は公園の小綺麗なベンチに腰掛け、奥でサッカーをしている小学生の集団を眺めていた。その時、俺は心の中で、二つの感情が複雑に絡み合うのを感じた。


 一方は、羨望。

 みんなでやるサッカーはきっと楽しいんだろうな。だってあんなにもみんなが笑顔で走り回っている。ゴールにされているフェンスも、心なしか俺が一人で使っている時より楽しげな音を出しているように聞こえた。


 そして俺の中に渦巻いているもう一方の感情は、嫌悪だった。

 ...こんな明るい場所にいると、思い出す。

 俺が、一人だという事。俺の周りにある笑顔は、どこに向けられたものなのか分からないという事。

 友達の変顔?昨日のテレビの面白かった所?それとも___一人ぼっちの俺...?


 俺はみんなと違う。

 みんなと違うから面白がられる。

 みんなと違うから怖がられる。

 みんなと違う俺は、人間なのか?


 ...いや、この手は病気だ。


 人間は風邪をひく。人間は病気を持って生まれてくることもある。

 それと同じように、俺は生まれた時から手に病気を持っているだけ。


 ____本当にそうか?


 掌光病はきっと、病気なんかじゃない。俺には分かる。

 ずっと、分かっていた。


 これはきっと、『力』だ。


 鳥が空を飛ぶ力を持って生まれるように、魚が水を泳ぐ力を持って生まれるように、俺は、『入替』という力を持って生まれた。


 __じゃあ結局、何者なんだ俺は。


 人じゃないじゃないか。

 だから学校でも、みんなに笑われるんだ。だから母さんにも、顔を背けられるんだ。


 違う。


 あそこでサッカーをしてる子供達とも、違う。

 道路を歩く大人達とも、違う。

 学校の先生とも、クラスメイトとも、違う。

 俺を生んでくれた母さんとさえも、違う。

 皆と違う。


 俺だけが、世界と、違う。







 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う







         「おひさ!源!」



 ...なんだ?俺の目の前を、蟻が列を成して行進している。


 ...そうか。

 俺はいつの間にか、地面を見ていたらしい。俺の名前を呼ぶ、聞き覚えのある声が、目を覚ましてくれた。


 俺は上半身を持ち上げ、視線を前に向ける。そこには、燦々と輝く笑顔で俺を照らしている、愛日がいた。


 前と少し服装は変わっていて、いかにも女子小学生らしい暖色系のワンピースが、風に靡いてゆらゆらと揺れている。


「愛日......来たんだ。」


「あったり前でしょ!?私は約束を破るような奴が大っ嫌いだから!」


 愛日は、ムン!といった感じで大げさに腰に手を置き、息を吸って胸を膨らませた。俺は苦笑いしながらベンチの隅に座り直すと、愛日は俺の横にストンと座った。


 俺はさっきまでの真っ黒な感情を忘れようとして、愛日に問いかける。


「約束を破るのが嫌いな愛日さんなら、前回の約束も守ってくれるんだよな?さぁ、あなたの掌光病のを見せてもらおうか?」


 俺はニヤリと笑って、愛日の方を見る。愛日はこの事を分かって公園に来ただろうに、わざとらしくため息をこぼした。


「はぁ~。やっぱりこの話題ね...。っていうか、掌光病の『力』ってなによ、『症状』でしょ。」


 愛日の指摘に俺はハッとする。俺は無意識のうちに、症状のことを力と変換してしまったことに気がついた。


「あ、あぁ。症状ね、症状。」


 慌てて俺は訂正をする。

 ...けれど、少しの間を置いた後、俺は自分の考えを、気持ちを、愛日に聞いてほしいと思った。だから俺は彼女の眼も見れずに、何もない空間に視線向けたまま言葉を探した。


「俺さ、変なこと言うけど、掌光病は、病気じゃないと思ってんだ。だから、『症状』って言い方もなんかしっくりこなくて、『力』って言っちゃったりしてさ...」


 俺はさっきまでひたすら考えていたことを、ありのまま愛日に伝えてみる。俺は少し緊張しながら、愛日のリアクションを伺う。


(ヤバい奴とか思われてないよな...?)


 愛日はほんの少しだけ驚いたような顔で、こちらを凝視していた。俺は今になって、凄い恥ずかしいことを言ってしまったかもしれないと後悔し初めた。


「あ、なんかごめん急に、...今の忘れて!...えっと、それで、愛日の『症状』は?」


 俺は何とか、今の話を記憶の彼方へ吹き飛ばそうと話題を戻すが、愛日はそう簡単に逃がしてくれないようだった。

 彼女は驚いたような顔をやめ、一瞬納得したような顔になったかと思うと、すぐに意地悪な笑みを浮かべて口を開いた。


「へ~。...源って平日に学校も行かずサッカーしてるくせに、そんなことも考えてんだ~。なんか意外~。」


「う、うるせえなぁ!俺だって好きで学校休んでる訳じゃねぇから!っていうか、本題は愛日の話だろ!?そーやってずっと逃げてんじゃねー!」


 俺は愛日の意地悪な物言いに、ムキになって反論する。愛日は笑いながら俺の反論を受け流しているが。

 そんな恥ずかしくも新鮮な空間を、俺はどこか、居心地のいいものに感じていたと思う。


(毎日、こんな暖かい空気を吸えてたらいいのに...)


 なんて、恥ずかしくてとても口に出せない事を思っていた、その時...



キキィッ!


 俺達の数メートル横で、自転車の嫌なブレーキ音がした。

 そしてそれに覆い被さるように、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「アレ?なんか騒いでる奴いると思ったら、源じゃ~ん!!へっへっへっへ!!」


 その自転車に乗っていた人物は、ブレーキ音なんかよりずっと不快な、聞き覚えのある笑い声をあげた。

 胃が、ドンと重くなる感覚がする。


「な、なんで斉藤が、ここに......」


 鉛のように重くなった頭を精一杯動かして、声のする方に向けると、そこには案の定、想定していた声の主が居た。

 それは俺が学校に通っていた時に、一番目立っていじめをしていたクラスメイト、斉藤とその友人達であった。


 俺の中で思い出さないようにしていた、あのゴミのような毎日の記憶が、鮮明に回顧されていく。




続く

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