第2話 有我愛日


 2014年 5月 世田谷区

 とある公園にて



「もしかして、お前も掌光病罹患者か?」


 目の前の少女はすでに、両手を体の前にクロスさせて決めポーズを取りかけている。しかし、彼女は先に指摘されてしまうとは思っていなかったらしく、俺の声に反応するとわざとらしくガクリと体勢を崩した。


「ちょっと!今衝撃の告白をしようとしてたところなのに!」


「そんな前振りしてたら誰でも分かるって。...けど、俺初めて掌光病仲間に会ったかも。」


 彼女は、「まぁいいわ。」という感じで自身の髪を振り払う。彼女の黒髪は太陽に反射して艶々と輝いていた。


「まぁいいわ。私も自分以外の掌光病の人と会ったのは初めてよ。それで......あなたはどんな症状なの?」


 彼女は俺に興味津々な様子で問いかけてくる。

 たしかに、同じ掌光病罹患者が揃えば気になることは一つ。

『相手はどんな症状か』


 正直なところ、症状はあまり他人に見せたくないのだが、相手も掌光病罹患者だ。ここは一肌脱いでやろう。

 俺は足元にあったサッカーボールを持ち上げ、彼女に見えるように前に突き出した。


「俺の症状名は『入替いれかえ』。例えば、このサッカーボールを......」


 俺の手にあるサッカーボールが、一瞬光る。それは、『まばゆい』と表現するには些いささか地味な光り方ではあるのだが、確実にサッカーボールは発光している。

 そして次の瞬間、俺の手の上に乗っている物は、サッカーボールではなく、小さな絆創膏になっていた。


「...っと、こんな感じで、俺が今まで手で触ったことのある物と、場所を入れ替えることができるんだ。だから今回は、家にあった絆創膏とサッカーボールの場所を入れ替えたってことね。」


 俺はチラリと横目で彼女の反応を伺う。


「......!!」


 なんと、彼女は目を輝かせていた。しかも、「うわあぁぁ...!」なんて、声まで上擦らせて俺の手の平に釘付けだ。

 今までこの症状を見た人間は大抵、気味悪がるか面白がるかのどちらかだった。理解の及ばない事象を目撃した人間なんて、みんな大体同じ反応になる。

 しかし、目の前の少女は、なんと恍惚とした表情で俺の力に見入っているではないか。これは異常だ。


 ...でも、そんなに良いパフォーマンスだったのだろうか。

 俺は少し気恥ずかしくなり、咳払いをして話題の矛先を相手に向ける。


「ゴッホン!...じゃ、じゃあ次はお前の番な!お前は、一体どんな症状なんだ?」


 俺は冷静を装って訪ねてみた。実際は初めて見る他の掌光病に、内心ワクワクが止まらないが。

 しかし、彼女は俺の言葉を聞くや否や、さっきまでの目の輝きを中断させて、重々しく一息ついてから口を開けた。それも、かなり不機嫌そうに。


 彼女は俺に人差し指を向けたかと思うと、仰々しく物申し始める。


「...アンタさっきから聞いてれば!『お前』って呼び方やめてよね!私には立派な名前があるんだから!!」


 あぁ、何かと思えば、そんな事か。

 まぁ確かに、一応出会ったばかりの人間に、「お前」は失礼か。...いや、コイツも「アンタ」とか言ってるけどな。


 俺はひとまず先方の感情を抑えるために、義務的に名前を尋ねる。


「...えっと、なんて名前なの?」


「私の名前は有我 愛日うが あいび。『有能』の『有』に、『自我』の『我』で『有我うが』。そして『愛する日』と書いて愛日あいび!愛日って呼んでいいわよ!小学4年!」


(おぉ、意外と丁寧な自己紹介...!)


 俺は予想外に分かりやすかった彼女の自己紹介に、少し動揺してしまう。


 自己紹介した彼女は、俺より少し背が高く、五月蠅い程活発な少女だ。ほんの少しだけ癖のある髪は腰の上まで伸び、髪の上の方を一部だけ結んでいる。ハーフツインと言うやつだろうか?

 その白い肌とは対照的な漆黒の髪は、一段と彼女の存在感を際立たせていた。彼女の少し茶色がかった瞳はまん丸で、まるで鏡の様な鮮やかさで俺を映している。

 キリっとした眉毛は、彼女の男勝りとも言える溌剌はつらつさをそのまま体現しているようにも見えた。


 ひとまず向こうの容姿を改めて観察した後、俺も慌てて自己紹介を挟む。



「お、おう。俺は山根 源やまね げん。えーっと、「山」に「根っこ」の「根」で山根。「源」は「みなもと」の源ね。今年で10歳。...あぁ、俺も小4。」


 即興にしては良い自己紹介であっただろう。俺は自分のアドリブりょくに中々感心した。

 一方、俺の自己紹介を聞いた彼女の反応は...


「ふ~ん。掌光病と違って面白くない名前ね!」


 __この女、一回殴ろうか?


 ...いやいや落ち着け山根源!肝心なことをまだ聞き出せていないではないか!


「スゥーッ........それで、えっと、愛日?の症状は?」


 そう。愛日の症状を見ていないのだ。

 俺の質問を聞くと、愛日は先ほどと打って変わって少し暗い表情になった。そして、静かに答える。


「私の症状は、うーん......まだ内緒かな。私のって、源みたいに良いもんじゃないんだ。」


(えっ?ここまで来て秘密?)


 俺は彼女の回答に納得ができなかった。だって俺は見せて、愛日は見せないなんて不公平だろう。


「え、なんだよそれ、俺だって見せたじゃん。愛日も...」


 俺は少し駄々をこねたが、それすらも愛日が遮った。


「はいはい!わーかった!今度見せてあげるから!じゃ~あ~、今度の土曜日、またここに来てよ!」


 彼女は可愛げに手を後ろで組んで片足を放り出した。更に俺の目を見てウィンクまでしてきた。


(ははーん。さてはコイツ、自分のことを可愛いとか思ってやがるな?男子が全員そんな甘い仕草で攻略できると思うなよ!)


「...いいだろう。」


「良かった!じゃあ約束ね!また今度!」


 愛日はそう言うと、足早に公園を後にした。


「何攻略されてんだ、俺....」


 彼女が居なくなった後で、自分の腑抜けた返答に嫌気が差す。


 俺が愛日に抱いた印象は、何個かある。天真爛漫、というよりじゃじゃ馬。良く言えば我が強い、悪く言えば自己中。余計なところまで首を突っ込んでくる。

 ....けど、一緒に居て飽きなかった。それに、俺の掌光病に目を輝かせてくれた、初めての奴。 


 (それと.......)


 愛日が少し先にある歩道橋の上から、俺に向かって大きく手を振っているのが見えた。


 それと、綺麗な人だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る