神様になった日

マヌケ勇者

本文

「神様になった日」



 リサイクルショップが好きだ。

 そこは小さな店内の世界に、あらゆる品と時代が息づいている。

 様々な人生の名残が、魂の余韻すら感じる。

 そして安いし色々買い取ってくれる。うん、実にいい。



 近頃そこへ持ち込もうと考えている品が、実家住まいの大学生である俺の畳部屋にある。

 骨董品級に古ぼけた、茶色くて四脚の生えたブラウン管テレビだ。

 ちょうど今世間はアナログテレビ放送からデジタルへの移行期で、地デジカとかいうマスコットが盛んに「古いテレビは見れなくなるよ」と宣伝している。


 こんな物でも、世の中には高値で買うマニアがいるのだという。

 引き取りがタダでも古物市場では買い取り手がつくだろうか?

 店にそのへん相談してみよう。


 それにしてもこのテレビ、大好きだったじいちゃんの宝物なのだ。

 じいちゃんも親父も野球ファンで二人で巨人軍をカラーで見るために奮発したのだとか。

 給料の何ヶ月分って言ってたっけ――

 俺も幼児のころから、爺ちゃんや父ちゃんに抱えられて見ていたこのテレビ。




 色々思いを馳せつつも。

 ともあれ、店に持ち込むために車に乗せようと俺はテレビを持ち上げて抱きかかえた。

 なかなかに重量がある。

 すると突然、抱えたテレビが腕の中でガタガタと暴れて動くじゃないか。

「無礼者! 無礼者! ――降ろせ!」

 おいおい、声まで出てるよ。

 奇々怪々な事態にとりあえずテレビを降ろすと、電源も挿さっていないのに画面が明るい。

 なんだなんだと画面を見ると真珠色の背景を後ろに、くりくりした目のブロンドの髪の少女がこちらをむっと見ていた。



「手、出しなさい。手!」

 言われるままに右手を前に出すと、俺の意思とは無関係に腕が前に伸ばされる。

 そして手は――画面の奥へと突っ込まれた。

 暖かい皮膚の感触が俺の手を握る。

 握った手を、俺の腕は釣り上げるように引っ張り上げた!

 近づいた彼女の髪からは、いつもの嗅ぎ慣れた木製のテレビの箱の匂いがした。



 ずるっとそいつは画面から出てきた。

 そして畳の上に降り立つ。

 さっきまで画面に映っていた――

「ふぅ、神様を処分しようだなんて地獄に堕ちるわよ」

 なんか俺の部屋で悪態ついてるちびっ子だ。




「で、俺の机の椅子を占領してる君はテレビの神様なんだね?」

 畳に正座しながらちびっ子の話を要約してみた。

「正確には、このテレビの付喪神(つくもがみ)だけどね」

 この前の番組で見た。古いものには神様が宿ることがあるのだという。


 俺は話を続ける。

「それで、その神様が急にどうしたのさ」

「知ってるでしょ? 明日アナログ放送が終わっちゃうこと」

 ああ、コイツが使えなくなるんだよな。

「その前に、私も思い出が欲しいの」

 なんと儚げな。長年の付き合いもあるし、海かどこかでも見せてやろうか――

「そういうのじゃないの。ロマンスよ」

 はぁ?

「いつも熟女物のビデオばかり流してるあんたには解らないでしょうね。ドラマのような大人の恋なんて」

 なっ――失礼なっ!!



「ともかくさ、連れていきなさいよ。あんたのいつもの店へ」

「えっ? ビデオショップ団地妻へ?」

「ち・が・う・わよ! リサイクルショップよ!! 用事があるの!」

 俺はこのくそ生意気な神様に手を握られながら、店へと歩く。

 彼女のしっかりと握る手は熱を帯びていた。




 目をきらきらさせて興奮気味に彼女は言った。

「ここがあんたの楽園、いつもの場所なのね!」

 きょとんとしているレジ奥のお姉さんの視線がちょっと痛い。

「手を握っている間に、あんたの霊力を刺激してあげたわ。見えるでしょう?」

 あちこち、いくつかの骨董品がうっすらと光のもやをまとっている。

「それこそが、付喪神が宿っている品――私の恋人候補よ!」



 で、このなまいき様はあーでもないこーでもないと品定めしていった。

 このティーセットはパチモノだとか、麻雀セットとかダサすぎるとか……失礼だなぁ。

 不意に彼女が立ち止まる。

「そうよ! これよ。この方よ!」

 指差すそれは――古ぼけたビデオデッキだった。



 こういう店らしくなのか、値札は貼られていない。

「これ、お幾らですか?」

 レジのお姉さんはさらりと答えた。

「一万三千円ですね」

 悩むなぁ。なまいきさんに奢るには。

「でもそうですね、お得意様ですしキリ良く一万円に負けましょう」

 本当、こういう店の値段って俺にはまだよくわからないな。


 プチプチ君で簡易に梱包されたデッキを抱えて、俺はなまいきちゃんと部屋へと歩いた。




 俺はなんとかデッキの配線を終えた。

「点けて、はやく!」

 ちびっ子にせがまれる。

 入力をビデオに切り替えたテレビは、先程のように真珠色の背景をしていた。

 そこには――少女漫画に出てくるような物憂げなイケメンが映っている。



「やった! 私のビデオ様!」

 はしゃぎながらちびっ子は、やはりずるっとイケメンを画面から引っ張り出した。

 イケメンは姿勢を整えて、畳部屋で片ひざをついてひざまづいた。


「おやおや美少女殿。拙者ロリは大好物にござるよドゥフフフフw」

 うおっ。こいつ顔はいいのに見るからにやべぇ。

「ロリ殿。お近づきの印にそれがしと初代ガンダムのビデオを通しで見ましょうぞ!」

 白目をむきながらちびっ子は叫んだ。

「ちょっと! ビデオ消して! 消して!」

 俺がポチッと電源をオフにすると、ドゥフ雄はシュンと消え去った。


「オタクの家のデッキだったのね―― 顔だけで選んだ自分を呪うわ――」

 彼女の絶望と沈み様は半端無かった。




 家族に混ざって夕食を取らせる訳にも行かず、コンビニに彼女の夕飯を買いに行った。

 メシと一緒にカゴに随分チョコレートとかを入れられた。

 こいつやっぱガキなんじゃないか。

 それを頬張ってご機嫌になった彼女は、こちらをじっと見た。


「しかしホント、あんたも大人にっていうかデカくなったわよね」

 大人って表現じゃダメなんだろうか。

「経験豊富な私からしたらまだまだお子ちゃまでーす」

 うっぜ。


「――あんたさ、テレビの世界に興味ない?」

 テレビの世界?

「どこにでも行けて、誰にでも会えるわよ。――不本意だけど、団地妻にも」

 マジか!! 行きたい!

「――即答ね。でも、もう帰ってこれないけど」

 じゃあやめときます! 明日香に会えなくなるし。

「明日香ちゃんか。そういえばあんたにも彼女が出来たんだっけね」

 たそがれるようにちびっ子はしばし横を向いた。



 それから、もう一度俺の瞳を見た。

「ねぇ、本当にテレビの中には来てくれない?」

 すがるような響きを感じた。


「――うん」

「そっか。ごめんね変なこと聞いて」

 彼女は続けた。

「ちょっとキモいけど話し相手も買ってもらって、私は満足だわ」

 そしてこちらを見ずに、少しだけ笑った。

「また明日。弟みたいな、私の神様」

 思えば明日なんて無いのに、そう俺を安心させる言葉を残して彼女はテレビの中へと帰った。




 数日後、思う所があって俺はチューナーの機器を揃えてあのテレビを映した。

 番組は正常に放送されたが、彼女は二度と現れる事は無かった。

 静かにテレビの電源を落とすと、俺は画面の前で両手を合わせて祈ったのだった。





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