第28話
「あれは……浮気かな?」
「浮気て。そもそも惠利沙、誰とも付き合ってないから」
「え、そうなの? てっきりもう付き合ってるのかと思った」
「……惠利沙、モテるもんね」
「や、そうじゃなくて。水葉と」
「……えっ」
「水葉がドキドキさせたいのって、惠利沙でしょ? マンネリ化を防ぐために頑張ってんのかと思っちゃった」
「私たち、そういう関係じゃないし」
「ふーん」
琴春には、私たちは付き合っているように見えていたのか。それは嬉しい……んだけど。
もやもやする。
惠利沙は一体誰と話しているんだろう。私の知っている人? クロエさんとか? いやいやクロエさんと話している時にあんな顔しないし。もし本当に恋人とかだったらどうすればいいんだろう。略奪……とか。
いやいや考えが飛躍しすぎてるでしょ。
「あ、どっか行くみたい。……つけちゃう?」
「つけるって……」
「だって気になるじゃん。あの感じだと、浮気相手と会いに行くみたいだし」
「だから……もういいや。つけるのはさすがに良くないでしょ」
「んなこと言ってていいのかなー? 油断してると持ってかれちゃうかもよ?」
「うっ。ううぅ……行こう、琴春! 全責任は私が取る……!」
「上司?」
恋は戦いなのだ。戦いにおいては多少の無法は許される……かはわかんないけど。
ここで惠利沙を見送ってしまったら、絶対後悔するし。なんなら今日眠れない夜を過ごすことになりそうだし。こうなったらこの手を闇に染めてでも、電話相手の正体を探るしかない……!
「やー、面白くなってきたねー。行こう、水葉!」
「わっ、ちょ……歩くの速いって!」
「そんな歩幅じゃ置いてかれるよ」
琴春は私の手を引いて歩き始める。私と一緒にいる時の惠利沙はゆっくり歩くのだが、一人だと結構早足らしい。もしかして、いつも私の歩幅に合わせてくれているのかな。だとしたら、ちょっと。
ちょっと、きゅんとしてしまうような。
……。
いや、そんな場合じゃないんだけどね?
私たちは惠利沙に見つからないように隠れながら、彼女を尾行した。彼女はちょいちょいスマホを見ては笑顔を浮かべている。
私にはそんな顔してくれないのに。
ていうか本当に、電話相手を見ても大丈夫だろうか。その人が超高身長のイケメンだったり、めちゃくちゃスタイルのいい女の人とかだったら太刀打ちできないんだけど。いやいや、私にはこの溢れ出る可愛さが……。
惠利沙は駅まで歩いて、いつもとは違う電車に乗り込む。
私たちはそれを追って、同じ車両の端っこの方に陣取った。
「見てほら。めっちゃ嬉しそうにスマホ見てる。あれはもう、逢瀬だね」
「逢瀬て。なんでそんな楽しそうなの?」
「いや、惠利沙のああいうとこ見るの初めてだし」
確かに私も初めてだけど。私は全然楽しくない。さっきからずーっと、もやもやしっぱなしだ。もし本当に惠利沙に恋人がいたとして。だったら思わせぶりな態度取らないでよとか、キスしてこないでよとか、色々思ってしまうわけで。
ああだめだ。なんかこう、嫌な子になっている気がする。
落ち着け私。まだそうと決まってわけじゃないのだ。それにもし恋人がいたとしても奪ってしまえば……ってのは危険な発想だけども。うぅ、私は一体どうすれば……!
「あ、降りるみたい。そろそろ浮気相手とご対面かな?」
私は琴春と手を繋いで歩きながら、何度も深呼吸をした。もしかしたら私は心臓が破裂して死んでしまうかもしれない。琴春、あとのことは全部任せるからね。
そんなわけのわからないことを考えながら、惠利沙を追う。彼女は改札から出ると、待ち合わせ相手を見つけて駆け出した。
構内のざわめきが、どこか遠く感じた。
いや、というよりは全ての感覚が鈍くなっているのだ。だって——。
「……惠利沙」
「……ちゃん!」
私の全意識は、惠利沙の待ち合わせ相手に集中していた。
深く被ったキャップに、サングラス。顔はよく見えないけれど、惠利沙よりも背が高くて、モデルみたいな女の人だってのはわかる。惠利沙はその人に抱きついて、その人も惠利沙をぎゅっと抱きしめる。
……勝てないじゃん。
私は自分の掌を眺めた。呆れるくらいちっちゃくて、子供みたいな手。体だって小さいし、スタイルも良くないし、あんな人が傍にいるのに私にドキドキしてくれるはずがない。そう思うと、胸がずきずき痛んだ。
「私、帰る」
「え、水葉?」
「ごめん、琴春。また——」
踵を返して改札に向かおうとした瞬間、制服に抵抗を感じた。見れば、誰かが私のブレザーの裾を掴んでいる。
その手は私よりもずっと小さくて、幼い。手から視線をずらすと、幼い女の子と目が合った。
私は目を丸くした。
「お姉ちゃん?」
少し舌ったらずな声。
「お姉ちゃんだよね? よかった! お母さんは? お姉ちゃんもはぐれちゃったの?」
「え、えーっと」
……これは。
お姉さんと勘違いされてる感じですか?
え、そんなに似てる? ちょっと聞きたいんだけどお姉さんは何歳なのでしょうか? まさか小中学生とかじゃないよね?
と、思ったけれど。
私はにこりと笑った。
「そうみたい。一緒にお母さんのこと、探そうか」
「うん!」
少ししゃがんで、女の子に手を差し出す。
私は琴春の方を向いた。
「ちょっとこの子のお母さん、探してくるね」
「あいよ。じゃあ私、ここで待ってるから。手伝わなくて大丈夫?」
「うん」
こういう時は、自分が子供っぽい見た目で良かったと思う。
そうじゃないと、子供たちが安心して声をかけられないだろうし。私は女の子の手を引きながら、駅を歩いた。
「でねー。
「そ、そうなんだ……」
最近の小学生は進んでるなぁ。
見たところまだ低学年くらいなのに、もう恋愛の話とかしてるんだ。私が同じくらいの頃は、惠利沙と遊び回っていただけだった気がする。あの頃は自分が恋をするなんて、考えもしなかったな。しかもその相手が惠利沙って。
「お姉ちゃんは好きな人とかいないのー?」
「私は……いるけどね。ライバルが強すぎて、ちょっと悩んでるんだ」
そんなことを自然と口にしてしまうのは、どうしてなんだろう。
子供相手なら、変な遠慮をしなくなるから、かな。
いやこんなちっちゃい子に恋愛相談したって仕方ないんだけど。この気持ちを、一人で抱え込めなくなっているのかもしれない。
「ふーん……」
「
その時、女の人の声が聞こえてくる。振り返るとそこには、小学生くらいの女の子を連れた女性が立っていた。
「勝手に走っていかないでっていつも言ってるでしょ!」
「ごめんごめん。……え、お姉ちゃんが二人!?」
……。
確かに、ちょっと似てるかもだけど。明らかに小学生だ。ほっぺがまだちょっともちもちしてるし。
……そっかぁ。
私、やっぱりそれくらいに見えるかぁ。
はあああぁ。
スタイル、もっと良くなりたいかも。
「すみません、この子が迷惑かけちゃったみたいで……」
これまでの経緯を説明すると、秋穂ちゃんのお母さんは何度も頭を下げてきた。小さい子を親御さんの元に送り届けることは何かと多いけど、さすがにお姉さんと間違われたのは初めてだ。
私は微笑んだ。
「いえいえ。では、私はこれで」
「あ、待ってお姉ちゃん。ちょっとお耳、貸して?」
秋穂ちゃんが言う。私がしゃがむと、彼女は耳元で囁いてきた。
「お姉ちゃんも、奪っちゃえばいいんだよ。ライバルとか関係なく、えいって」
それだけ言うと、彼女はお母さんと一緒に歩いて行った。最後に大きく手を振った彼女に、私は手を振り返した。
ほんとに進んでるなぁ、今の子って……。
でも、奪う。奪うか。
ちょっとあの人のスタイルの良さに圧倒されてしまったけれど、私だって惠利沙とはずっと一緒に過ごしてきたわけだし! 惠利沙のことなら大体知っているわけだから、その人にはないアドバンテージがある……はず。多分……。
奪うとかは、まだ難しいかもしれない。でも、私にだってできることはあるだろう。
小さい女の子だったけれど、私よりも恋愛の本質がわかっているのかもしれない。
私はそっと胸に手を置いた。大丈夫、きっと私なら。
……よし!
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