第22話
甘く、とろけた声だった。
聞いているだけで、私の心まで甘く染まってしまいそうな。
侵食されている、と思った。どこを、何に侵食されているのかはわからないけれど。私と惠利沙の境界線が、じわじわと滲み始めている気がする。
「わかってるよ。わかってて言ってる」
「水葉ちゃんの、ばか」
「馬鹿じゃないよ。天才」
「……ばかだよ」
彼女の手が、服の中に潜り込んでくる。滑るように私の胸に触れた彼女の手は、ひんやりとしていた。さっきとはまた違った意味で肌が粟立って、びくりと体が跳ねる。彼女はそのまま、足跡をつけるみたいに私の胸に手を押し付けてくる。
くすぐったいけど、それだけじゃない。
彼女にこうして触れられていると、少しずつ何かが体の奥に溜まっていくような感じがする。彼女は人差し指で、私の胸をなぞった。
「私が水葉ちゃんをどんな目で見てるのか、わかってないでしょ」
「……教えて」
「……知らないからね」
私と同じようなことを言いながら、彼女はそっとキスをしてくる。
唇を押し付けながら私に優しく触れてくる彼女は、なんだかちょっと可愛かった。ふとこの前の夢のことを思い出して、もどかしさを覚える。あの時みたいに、もっと激しくキスをしてこないのかな。
そう思ったけれど、彼女はすぐに唇を離してきた。
代わりに、今度は私の首筋に顔を寄せてくる。その瞬間、鋭い痛みが首に走った。彼女は私を上目で見ながら、首に噛みついてきていた。
「サキュバスっていうか、吸血鬼みたいだね」
「……痕、つけとかないと。水葉ちゃんが他の子に取られちゃうかもだから」
「何それ」
くすくすと笑ってみるけれど、彼女は全く笑みを浮かべずに、さらに首に噛みついてくる。吸血鬼と違って、犬歯が長いとかはないけれど。こうして噛みつかれると、痛いのは確かだった。
でも、どうしてだろう。
痛いのに、心地いい。というか、嬉しい。
彼女の痕跡が私の体に刻み込まれていく度に、なんとも言えない幸福感と達成感のようなものが胸に満ちる。どうなんだろうって自分でも思うのに、感情は胸から溢れて表情に変わる。
気づけば私は、また笑っていた。
「やっと、私にドキドキしてくれた」
「……いつも、してるよ」
「嘘つき。いつもは平然としてるじゃん」
「そんなの全部、演技に決まってるでしょ」
思わぬ言葉に、目を丸くする。
彼女は首筋から口を離すと、今度は私の目をじっと見つめてきた。探るような、祈るような顔。
私は彼女の頬に触れた。
ぴくりと彼女の体が反応して、胸から手が離れていく。どこまで私の鼓動が、気持ちが、彼女に伝わったんだろう。頬に触れているだけでは、何もわからない。彼女の指は胸からお腹に滑っていって、やがてさらに下へと辿り着く。
ズボンに指が触れると、体が少し震える。
どこまでいくつもりなんだろう。
私は、惠利沙は、どこまで。
「水葉ちゃん。……触ってもいい?」
「……いいよ」
そういうことになるって、想定していなかったわけではない。ただ、実際にそれが現実となってみると、想像よりも現実味がないというか。
自分でもどういうことなのか、よくわからないけれど。
彼女の指は私のズボンの中に入ってきて、そっと肌に触れる。
一瞬白い光が部屋を埋め尽くした。少し遅れて、轟音が辺りに響き渡る。大きな雷が、近くに落ちたらしい。それに驚いたのか、彼女は手を引っ込めてしまった。小動物みたい、なんて感じるのは失礼かもだけど。
「惠利沙?」
「ぁ……わ、たし。私……」
惠利沙は目を見開いた。
「ごめん、水葉ちゃん」
「どうして謝るの?」
「私、あとちょっとで……」
惠利沙の手が、私の手に触れる。
「水葉ちゃんのこと、ぐちゃぐちゃにしちゃいそうだった」
その言葉に、私の心臓は一際大きく跳ねた。
♡
いや、やっちゃってるよ。
やっちゃってるよ、完全に。
あの日の私は一体何を考えていたんだろう。
あのデートから約一週間。体感的には一日くらいだけど、とにかく私は後悔に苛まれていた。惠利沙がいいならいいよ♡ じゃないんだわ。全然良くないよ。もしほんとに最後までそういうことをしてしまっていたら、もう気まずいなんてもんじゃないし。
いやでも待てよ?
あの惠利沙の感じを見ると、やっぱり私のこと好きだよね? これはさすがに間違いないと思うんですよ。思うわけですよ!
でもでもそれが恋愛感情かどうかはわかんないし。
こう、サキュバス的本能っていうか食べちゃいたい♡ みたいなアレかもしれないし。それはそれでアリ……? いやなしでしょ。
「……はぁ。はああああぁ」
ごろんごろんとベッドを転がってみる。
私はこの清々しい朝に一体何をしているのだろう。
今日は金曜日。今日を乗り切れば休みが待っているというのに、こんなわけのわからない気分でのたうち回っているのは私くらいだろう。
はぁ、はぁ。
落ち着け私。今は惠利沙の気持ちは置いておこう。そもそも私の気持ちが確かなものになっていないと、惠利沙の気持ちもわからないわけだし。私は結局惠利沙とどうなりたいんだ?
いや、うん。まあ、その。
好き、だよね。
ずーっと考えていたけど、やっぱり私は惠利沙のことが好きなのだ。それはもう、ライクというかラブであって。……ラブ。ラブて。ラブって。
考えるだけで恥ずかしいんだけど。
「好き、かぁ」
でも、これが私のほんとの気持ちだ。
好きって言葉を胸に抱いてみると、不思議なくらいに穏やかな心地になる。いつからそうなのかはわからないけれど、とにかく私は彼女のことが恋愛的な意味で好きなのだ。そうじゃなきゃドキドキさせたいとか思わないでしょって言われたらその通りなんだけど。
でも仕方ないじゃん。
これまでずっと親友としてやってきたのに、いきなり方向転換して惠利沙のこと好き、なんて言い出すのは恥ずかしいし。何より親友のままでも十分楽しかったから、自分のほんとの気持ちに蓋をしていたのだ。
恋愛って、よくわかんないし。
「水葉ー。いい加減起きて朝ごはん食べなー」
お母さんの声がする。私はむくりと起き上がった。髪、ぐしゃぐしゃだ。鏡を見なくてももう自分の惨状がわかるくらいに。
「はーい」
……今は大人しく、ごはんを食べよう。そうすればきっと今後どうすればいいのかがわかる……はず。
と、思ったんだけど。
今日も今日とてトーストを二枚も食べて、元気に支度をしてみてもやっぱり気分は重いままだった。
いや、重いって言ったら語弊があるんだけど。
自分の感情に振り回されているというか、この溢れ出るラブをどうすればいいのかわかんないというか。好きって言っても私もって返されるだけだし、かといってあなたと付き合いたいですっていうのもなぁ。
てかよくよく考えたら別に今のままでもいいのでは?
だって、ほら。別に恋人になったって何が変わるってわけでもないし。
ただちょっと常日頃から好きって言い合ったり、心を込めてキスし合ったり、今よりもっといちゃいちゃできるくらいで。
……。
めちゃくちゃ魅力的じゃない?
やっぱいいかもしれない、恋人。でもなぁ……。
「惠利沙……」
「なあに?」
「うぇっ!?」
私はびくりと体を跳ねさせた。
いつの間にか私は家を出ていたらしい。見れば、惠利沙が私の家の前に立っていた。今日も彼女はキラキラしていて、髪も綺麗だし顔も整ってるし何より雰囲気が……。
じゃ、ない。
ダメだ私。完全に恋愛脳になっている。最近の惠利沙はこれまで以上に輝いて見えて仕方がないのだ。なんかこう、キラキラした粒子的なのを常に身に纏っている感じ。これが、恋……?
好きって気持ちは抑えきれないくらいに膨らんでいる。このままだとふとした瞬間に、好きって告白してしまうそうだった。落ち着け、私。ここは落ち着いて、いつもみたいに小悪魔になってみよう。
「おはよう、惠利沙。私に会いたくて仕方なかった感じ?」
「うん」
「そっか」
そっかぁ。
……そうなの?
「最近あんまり水葉ちゃんと学校行けてなかったから」
「うっ」
確かにそうだけど。
今週入ってからまともに惠利沙の顔が見れなくて、何かと避けちゃってたけど。
これはもう仕方ないことだと思うんです。だって常にキラキラした惠利沙が隣にいると、もうほんとに胸がもたないんです。爆発寸前なんです。
なんて言ってる場合じゃないよね。
いつまでもこんな生活を続けるわけにも行かないんだし。
「ちょっと色々あって……ごめんね」
「ううん。……私こそ」
彼女は目を伏せる。私は慌てて言った。
「え、惠利沙は悪くなくて! これは私の問題っていうかなんていうか、とにかく惠利沙が気に病む必要はないっていうか……」
「そうなの?」
彼女は首を傾げる。
そんな仕草すら可愛い……というのは置いといて。
「そうなの! とりあえず、駅行こ? 遅刻しちゃう」
「そ、そうだね」
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