第13話

 惠利沙はベッドに入りながら言う。私はぴしりと固まった。

 いきなり何を言い出すんだこの子は。


「しないけど!? 保健室をなんだと思ってんの!?」

「えー。保健室ってえっちなことするための場所じゃないの?」

「違いますけど??」

「そっか、残念」


 残念って、何が?

 ……なんか、思わせぶりというか意味深な言葉だけど。


 ま、まあ惠利沙が変なことを言うのは今に始まったことじゃないし。今更変にドキドキしたりなんてしないとも。うん。


 いや、ほんとに。

 鼓動が少し速くなっているのは、早足で歩いたせいだ。


「水葉ちゃん。……隣、来て?」


 彼女は布団に潜って言う。ひょこりと顔を覗かせるところが、あざというというかなんというか。私は小さく息を吐いてから、靴を脱いでベッドに上がった。保健室のベッドって、なんか非日常感があるんだよなぁ。


 普段は来ない場所だからそう思うのかもしれないけど。

 私は彼女の隣に横になった。


 布団はすでにあったまっている。惠利沙って、手はひんやりしているけど体温は高い方なんだよね。冬はよく湯たんぽがわりにしていたっけ。


「なんか、こうして同じベッドに入るのってすごい久しぶりだね」


 彼女が言う。


「そうだっけ?」

「そうだよー。最近あんまりお泊まりもしないし、最後に一緒に寝たのって中学の修学旅行の時だよ」

「まだ二年しか経ってないじゃん」

「二年って結構な長さだよ? あの頃中三だった私たちが、もう高二になってるわけだし」


 確かにそれもそうか。

 二人でああでもないこうでもないと言いながら高校選びをしたことを思い出す。あれももう、二年前になるのかぁ。あの頃から私は惠利沙に何かとドキドキさせられてきたけれど、ちょっとは成長したのだろうか。


 なんて思っていると、彼女の手が私の髪に触れてくる。

 そして、そのままするりとヘアゴムを外された。


「寝るなら髪、解いた方がいいよ」

「あ、うん。惠利沙は……もう解いてるし」


 いつの間にか、惠利沙は髪を解いていた。

 せっかくなら私が解きたかったのに。


 なんとも言えない心地になっていると、彼女は私の頭をゆっくりと撫でてきた。


「……ふふ。水葉ちゃんの髪は、柔らかくて触り心地がいいねぇ」

「そう?」

「うん。ずっと触っていられそう」

「私も惠利沙の髪、触っていい?」

「だーめ。今日は私の番」


 今日はっていうか、いつも惠利沙の番じゃない? と思わないでもないけど。寝不足が原因なのかはわからないけど、今日の彼女はいつにも増して私に触ってくる。片手で頭を撫でながら、片手で私の腰に触れる。別にいいっちゃいいんだけど、ちょっとくすぐったい。


 私も惠利沙を見習って、もっと攻めていくべきなのかもしれない。たとえば——。


「んっ」

「惠利沙。変な声出さないでよ」

「だって、水葉ちゃんがいきなり変なとこに触るから」

「変なとこは触ってないでしょ。腰だから」

「腰っていうかそこ、お尻じゃない?」


 お尻にせよ腰にせよ、少し触っただけで変な反応をしないでほしい。


 私たち以外の人がいない保健室で、お互いに触れ合って、見つめ合う。これってよくよく考えたら、変なシチュエーションだと思う。


 ……いや。

 変っていうか、その。


 ちょっとこう、いつもと違う雰囲気っていうか、つまり。……えっちな感じじゃないかなー、みたいな……。


 ダメだ私。

 最近惠利沙の影響か、すぐえっちがどうのと考えてしまうようになっている気がする。これはあくまで友達同士のじゃれ合いであって、別の意味なんてないのだ。私は惠利沙のことを親友と思っている。惠利沙も私のことを。私のことを……どう思っているんだろう?


 本当に、友達ってだけ?

 それとも……。


「水葉ちゃん」


 彼女は少し荒く息を吐きながら、私の名前を呼ぶ。

 ちょっと、待って。


 まるで本当にそういうことをするみたいな空気になってしまっている気がする。いや別にそれも嫌ってわけじゃないんだけどでもこんな流れでするのもおかしいっていうかもっとシチュエーションにこだわりたいっていうか。


 違う違う。

 友達とそんなことするのは変だし、無理って思うのが普通のはずなのに。


 じゃあ友達とキスするのはいいの? って聞かれたら黙るしかないんだけど。私たちは普通の友達同士と称するには、色々と特殊すぎるって思う。


 彼女の細い指が、私の腰を撫でる。

 私はびくりと体を跳ねさせた。


「水葉ちゃん、どこ触っても柔らかいね。……なんか、安心する」

「……惠利沙」


 私は全く安心できない。

 それどころか、鼓動が早くなっていくばかりだ。彼女の指の感触に意識が集中してしまって、思考が鈍くなるのを感じた。


 甘い吐息を、肌で感じる。ベッドの中の温度はさっきよりももっと上昇している気がする。汗をかいてしまいそうなくらいに。


「私、水葉ちゃんのこと、ずっと……」

「う、うん」

「ぬいぐるみみたいで可愛いなって、思ってたんだ」

「……うん?」


 ぬいぐるみ?

 いや、そこはこう、昔から好きだったとか言う流れではないですか?


 ぬいぐるみ。ぬいぐるみて。子供扱いされることは多々あるけれど、ぬいぐるみ扱いされるのはさすがに初めてだ。


 ……。

 ぬいぐるみ扱いされるのは遺憾である。もっと私のこと意識しろって思う。いや、意識しろってのは別に恋愛対象としてとかそういうのじゃなくて。もっとドキドキする対象として見ろ的な? そういうアレなのだ。


 文句を言おうと口を開いて、すぐに閉じた。

 ……もう寝てるし。


 よっぽど寝不足だったんだなぁ。そんなに面白い漫画だったなら、私も今度貸してもらおっかな。


 なんてことを思いながら、彼女の頭を撫でた。ふわふわな髪の感触が心地いい。綺麗な金色の髪。昔は羨ましいってちょっと思っていたけれど、今は自分の髪の色も悪くないって思う。


 私は静かに目を閉じた。そこまで眠くはないけれど、仮眠を取るのも悪くない。スマホでアラームをセットしてから、私は眠りについた。


 普段惠利沙に夢を操られているから、自分の夢を見るのは久しぶりだった。


 でも、それは夢というよりは昔の記憶の回想かもしれない。私の目の前には幼い惠利沙がいた。小さな手で砂場の砂をかき集めながら、私のことをちらちらと見てきている。ああ、そういえば昔の惠利沙ってこんな感じだったなぁ。


 すっごく可愛いのに、ちょっと自分に自信がない感じ。

 昔はそんな彼女を元気づけたい一心だったけれど。今こうして昔の彼女を見てると、こう。ちょっとだけ、きゅんとしてしまう。可愛くて、守ってあげたくなる感じ。


「水葉ちゃん。お山、どれくらい大きくする?」


 舌ったらずな声。

 私はくすりと笑った。


「うーんと大きくしちゃおっか。富士山よりもおっきく!」

「できるかなぁ」

「できるよ。惠利沙が望むなら」

「ほんと?」

「うん。惠利沙の望みは、私がぜーんぶ叶えてあげる!」


 そういえば、実際こんなことを惠利沙に言ったことがあるような気がする。こういうなんでもない時に交わした言葉を思い出して、私は時々温かい気持ちになったりするのだ。


 私は自分の手もちっちゃくなっているのに気づいた。思えば言葉も、いつもより舌ったらずになっている気がする。


 友達にはちょいちょい子供扱いされるけど、やっぱり私も大きくなったんだなぁ。


 十年後にはもしかしたら、惠利沙と同じくらいのプロポーションに? ……なんてことはないよね、さすがに。


「じゃあ、水葉ちゃん。……ぎゅってしてもいい?」


 可愛らしい望みだ。昔の惠利沙は本当に、無邪気だった。私もそうなんだけど。


「いいよ。どうぞ」

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