第1章:靴と干し肉と節約魂とスライム(後編)


---


ギルドに戻る道すがら、俺は靴の裏を確認した。

森の湿度とスライムの粘性で、摩耗率が予想より高い。

裏紙に記録する手が、少しだけ震えた。


「ケイさん、干し肉スライムの残骸、持って帰るんですか?」


リュカが袋を覗き込む。

中には、斧で砕かれたスライムの一部と、飛び散った干し肉の破片。


「これは、節約魂の証だ。再利用可能かは……検討中」


「それ、ギルドで怒られますよ」


「だから裏紙に書いてる」


マリナが斧を肩に乗せながら言う。


「ケイ、斧の柄に“干し肉スライム討伐記”って刻んでもいい?」


「それ、武器じゃなくて日記帳だろ!」


---


ギルドに到着すると、受付嬢のミナが報告書を受け取った。

俺は裏紙に手書きした摩耗記録を添える。


「正式書式じゃないけど、靴底の摩耗は地形の証拠だ」


「それ、誰も読まないから!」


「節約魂は、読まれなくても残る」


技術班の主任が報告書を見ながら言った。


「ケイさん、瓶の魔力拡散、予想以上に効果ありました。魔力測定器としての応用、検討します」


「それ、ただの瓶です」


「節約魂が、ただの瓶を技術に変えたんです」


俺は靴を見下ろした。

摩耗は進んでいる。

でも、滑っていない。

節約魂は、今日も踏みしめていた。


---


その夜、ギルドの資料室で、俺は裏紙を整理していた。

靴底の摩耗記録、干し肉の乾燥度、瓶の破損率――

誰も見ないかもしれない。でも、残す。


「ケイさん、干し肉スライムの残骸、少しだけ魔力反応が残ってます」


リュカが瓶に詰めたスライム片を見せてくる。


「それ、瓶詰めスライムか?」


「節約魂の保存技術です」


「それ、冷蔵庫じゃないから!」


マリナが斧を磨きながら言う。


「ケイ、干し肉スライムって、干し肉を記憶してたのかな?」


「……記憶保存食としての干し肉。可能性はある」


「それ、食べ物の哲学になってない?」


俺は笑った。

節約魂は、記録されなくても、記憶される。

靴底に、干し肉に、瓶の割れ目に――魂が残る。


---


その夜、ギルド長から一通の書簡が届いた。


「非公式技術班としての活動、今後も継続を認める。記録は裏紙でも構わない。魂が残るなら、それは技術だ」


俺は靴を磨きながら、静かに呟いた。


「節約魂は、記録されなくても、響いてる」


---


(第1章 完)


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る