節約魂は記録されない

ことん

第1章:靴と干し肉と節約魂とスライム(前編)


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ギルドの朝は、靴磨きから始まる。

俺はいつものように、受付前のベンチに腰を下ろし、靴の裏を指でなぞった。滑り止め加工はまだ生きている。摩耗率は前回の任務で3%。許容範囲だ。


「……よし。今日も節約魂、滑らずにいこう」


「ケイ、また靴の話?」


受付嬢のミナが、書類を抱えたまま呆れ顔でこっちを見る。

俺は靴に語りかけるように、磨き布を丁寧に折りたたんだ。


「靴は命の器だ。節約魂の乗り物だ。滑ったら、魂が転ぶ」


「それ、報告書に書かないでよね。前回の任務、“靴の感触:やや湿気あり”って書いてたでしょ」


「重要な情報だ。地形の魔力流と靴底の湿度は相関がある」


「それ、誰も検証してないから」


俺は報告書の裏紙を取り出し、靴の摩耗記録を手書きで記入する。

ギルドの正式書式じゃないが、裏紙の再利用は節約魂の基本だ。


「ケイさん、干し肉補充してきました」


リュカが袋を差し出してくる。

俺は中身を確認しながら、干し肉の色と硬さをチェックする。


「……この干し肉、乾燥度が高い。保存力はあるが、噛み応えが強すぎる。節約魂が試されるな」


「それ、ただの硬い干し肉ですよね?」


「違う。これは記憶保存食だ。噛むたびに、前回の任務が蘇る」


「それ、記憶喪失の人に渡したら治るんですか?」


「試したことはある。効果は……まあまあだった」


ミナが報告書を整理しながら、ため息をついた。


「ケイ、今日の任務、スライム掃討よ。近郊の森に干し肉スライムが出たって」


「干し肉スライム……俺の節約魂が狙われてる!」


「それ、まだ行ってないから!」


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森の入口は、湿っていた。

靴の裏が少し沈む。俺は慎重に一歩踏み出し、摩耗率を脳内で計算する。


「ケイ、空き瓶拾ってどうするの?」


マリナが斧を肩に乗せながら言う。

俺は瓶を掲げて、光に透かす。


「これは魔力測定器になる。割れば、魔力が拡散して流れが見える」


「それ、ただのゴミじゃない?」


「節約魂は、ゴミを資源に変える」


「それ、ギルドで言ったら怒られるよ」


「だから裏紙に書いてる」


リュカが端末を操作しながら、森の魔力流を確認する。


「ケイさん、魔力濃度は通常値です。でも、干し肉スライムの反応が近いです」


「干し肉スライムって、何食って生きてるんだ?」


「干し肉です」


「それ、俺の節約魂が危ない!」


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森の奥で、ぬるりとした音がした。

スライムが現れた。だが、普通のスライムではない。干し肉の匂いに反応して、ずるずると近づいてくる。


「ケイさん、干し肉を見せないで!」


「無理だ。俺の節約魂が、干し肉を隠すことを拒否してる!」


スライムが干し肉に飛びついた。

吸収。膨張。色が変わる。――進化した。


「干し肉スライム・熟成型……!」


「名前つけないで!」


マリナが斧を構える。リュカが魔力分析を始める。

俺は空き瓶を握りしめた。


「瓶、いけるか……?」


「ケイさん、それただの瓶です!」


「節約魂が、割れろと言ってる!」


俺は瓶を投げた。

スライムに命中。瓶が割れ、魔力が拡散。スライムが一瞬だけ硬直。


「今だ!」


マリナの斧が唸り、スライムを叩き潰す。

干し肉が飛び散る。俺はそれを拾いながら、そっと袋に戻した。


「……再利用完了」


「それ、やめて!」


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(後編へ続く)


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