第14話 聴取と浮上
イグルとベンナーは急ぎ足でリッツザックに向かっていた。
「イグル、お前はそいつらと会話したんだよな? おかしなところとか無かったのか? 」
「……俺の質問に対しても真実を話していた。それは証言が取れている。ただ、魔獣狩りができる程の腕前を持っている。エリオとミシェルも彼等を見ているが、俺達3人共、特に不審だとは感じなかった」
「直接会ってない俺からしたら、はっきり言ってそいつら怪しいとこだらけだぜ。魔獣狩りが出来る程の強さを持ってて、シモンの第一発見者、更にはここらで見掛けたことねぇ女と密会だ。俺はその3人の中に《糸切り》がいると思うが? 」
「……まだ、分からん。たまたまその女と会話しただけの可能性もある。本人達から事情を聞いてから決めるしかあるまい。もうすぐそこだ、急ぐぞ」
「……りょーかい」
歩を進める2人を見つけたバルトが走り寄ってくる。
「イグル! ベンナー! 」
「バルト隊長! あいつらは? 」
「頭に血が上って今にも例の2人組のとこに突っ込んで行こうとしてたんでな、休息を言い渡した。 あんな状態で事情聴取なんてまともに出来ねぇよ」
「それは、そうですね。しかし俺達だけで大丈夫ですかね? 最悪戦闘になる可能性もありますよ?」
「いや、ここに来る前に他の奴らにも伝令を走らせてある。気付かれねぇよう周辺の道を抑えに向かってる。それと、最初から怪しんで見るんじゃねぇよ、話を聞かねぇことには分からねぇだろ」
「それ、ついさっきイグルにも言われましたよ……」
「そんだけお前が敵と思って行動してるように見えるってことだ。視野が狭くなれば捜査はできねぇぞ」
「わかりました……」
リッツザックの扉が開く。
入ってきた3人の軍人を見てリッツが対応する。
「おやまぁ、こないだの軍人さん。まだなにか聞きたいことでもあるんですか? 」
これにイグルが返す。
「タンゴとラウルの2人を呼んでもらいたい。至急聞きたいことがある」
「……あの2人が何かしたんですか? こないだ聞かれたばっかじゃないですか」
ほんの少し敵意を出したリッツに対しバルトが引き継ぐ。
「大丈夫だ、別にそいつらを殺しの犯人だなんて疑ってるわけじゃねぇよ。聞きたい事があるってだけだ」
「……分かりました、呼んできます」
そう言って立ち去るリッツ。
程なくしてタンゴとラウルを引き連れて戻ってきた。
「あ、イグルさん。こんにちわ。えっと、俺達に話ってなんでしょう? 」
尋ねてきた中にいた顔見知りであるイグルに問いかける。
「あぁ、この2人は俺の同僚のベンナーと、上司であるバルト隊長だ。……少し座って話さないか? 少し聞きたいことがあってな」
「えぇ、構いません」
5人がテーブルについてタンゴが再度問う。
「それで、聞きたい事というのは?」
「単刀直入に聞きたい。二日前の昼過ぎ、お前達はどこで何をしていた? 」
「二日前だと……買い出しに出てました。買ったのは保存食の備蓄と、こないだの魔獣狩りで使ったポーションの補充ですね。あ、あとラウルの水入れを新しくするために雑貨屋に行きました」
「……商店、魔法薬、雑貨屋か。他にいつもと違ったことはなかったか?」
イグルがベンナーに目配せをしてベンナーが外に出ていく。
「いつもと違ったことですか? うーん? 」
「ククッ……タンゴ。こいつらが聞きたいのは一昨日のあの女の事じゃないか? 」
面白がるラウルにツッコミを入れるタンゴ。
「何笑ってんの……。そういうことですか?」
思っていたより軽い雰囲気にすこし拍子抜けする。
「……そうだ。この辺りで見掛けたことのない女とお前達とで路地に入っていくのを見たという証言があってな。ここ数日、軍がシモン殺しの犯人を血眼になって捜しているのはお前達も知っているだろう? 」
「それは勿論知ってます。門の出入りも厳しくて俺達も狩りに行けてませんから」
「それは、街の皆にも迷惑をかけていると思っている。だが、今は犯人が街に潜伏している可能性もあるんだ。それで聞きたいんだが、その女の素性と関係を教えてくれないか」
「あの人は俺の知り合いです。何年か前に旅先で出会った人で、素性って言われても正直よく知らないんですよね」
「……目撃者によると女からぶつかってきて少し会話した後、路地に入っていったという話だったが、それは何故だ? 知り合いというなら別にその場で話せば良かったのではないか? 」
「出会ったのが数年前だったので、ぶつかった時は知り合いだって気付かなかったんです。少し話して思い出して、ちょっとお話しようってなりました。路地に入ったのは、あの人どうも人混みが苦手らしくて、そっちがいいってなって、それで」
「差し支えなければ、どんな会話をしたのかを聞かせてもらってもいいか」
「えーっと……」
言い淀んだタンゴを見て、バルトが口を開く。
「お前達がシモンを見付けてくれたんだってな。それは感謝してる。それは俺たちの部隊だけじゃなく、辺境伯軍全体が思ってる。……俺も、このイグルも、できれば俺達はお前らを疑いたくねぇとも思ってる。だから、その話の内容ってのを教えてくれねぇか? 」
「……分かりました。えっと、言いたくない訳じゃないんです。ただ、ちょっと恥ずかしくて……その、デートに誘われました」
タンゴからの思いもよらぬ回答に場の空気が固まる。
その静寂を打ち破ったのは笑い声だった。
「クックックッ……軍に事情聴取されて、デートに誘われてました、は面白すぎるだろう」
「なんで笑うんだよ! その場にラウルもいたんだからちゃんと言ってよ! 俺だけ恥ずかしいじゃんか! 」
「すまんな。面白くて、つい黙って見てしまった。俺もあの女の素性は知らんが、タンゴの言う通り、確かにあの時の会話は、デートの約束で間違いないぞ」
ラウルからの言にバルトとイグルは再起動する。
一気に緩くなった雰囲気に肩の力が抜けたが、少し気を引き締め直す。
「……それは、その、プライベートなことを聞いて悪いな。だが、相手の名前も素性も知らねぇってのに、デートするもんか? それに、数年会って無かったんだろ? 」
「そうですね。数年前に1度、話したくらいですね」
タンゴの言葉をラウルが引き継ぐ。
「あいつとタンゴが会って話をしていたのは俺も知っている。どうやらその時にタンゴに惚れたみたいでな、数年間タンゴを捜していたらしい。女の執念は怖いな? 」
「えーっと、それでですね。誘われはしたんですけど、その時は買い物中でしたし一旦は断りました。そしたら連絡を取り合うことになったって感じです」
「……あぁ、誘われただけで受けたとは言ってねぇか、すまんな。それで、その女は今どこにいるか分かるか? 連絡するっつっても場所が分かんなきゃ連絡の取りようがねぇだろ? 」
「それが彼女、自分から連絡するとだけ言って去ってしまったんですよね。すぐ送るとは言っていたので、じきに来るとは思うんですが、今は狩りにも出られないので宿で待ってるって状況ですね」
「あー、じゃあそいつの特徴教えてもらってもいいか? 一応そいつにも話を聞いてみるわ。悪いが、今は平等に調べるのが仕事なんでな。教えてくれると助かる」
「いいですよ。歳はだいたい、20前後くらいだと思います。肌は白くて、髪は綺麗な赤髪を肩甲骨あたりで揃えてましたね」
「よし、ありがとな。その女の方もこっちで探してみるよ。悪かったな、急に邪魔して」
「いえ、俺達もシモンさんの遺体回収に立ち会ってます。犯人が見つかる事を祈ってます」
「おう、任せとけ! 」
リッツザックから出てきた2人を出迎えるようにして待っていたベンナーが報告する。
「隊長、とりあえずですが、薬屋からの証言で、かなり大きな額を買っていったからはっきり覚えていると言っていました。雑貨屋も水入れひとつだけを購入した2人組が来たというのも取れています。商店の方は数が多いので今手分けして聞きに行っていますが、もう間もなく帰ってくると思われます」
「そうか。まぁそこは間違いなく行ってるだろうな。目撃者からの情報とあの2人の言葉で女の特徴も一致してた。話してたのは全部事実だろ」
「ということはさっきの2人組はシロですか? 」
「少なくとも、あの2人が殺した訳じゃなさそうだが、確証はねぇな。だが女の方はわからん。居場所も言わずに連絡するとだけ残して去っていったらしい。その女が見つからねぇならあの2人も当然疑わしくなってくる。とりあえずは女の方を調べるぞ。北東班も戻して南側をあたれ」
「了解です」
バルトは捜査に戻る2人を見送り、煙草を取り出す。
この3日で突然現れた存在。
明らかに怪しい。
これまでも何人か怪しい人間はいたが全てアリバイがあった。
この女がシロなら、おそらく捜査は振り出しに戻るだろう。
今はゼーレが外部犯であり、まだ街に潜伏しているという方向で動いている。
そもそも既に国境を越えて帝国に逃げた可能性もあるのだ。
むしろその方が確率として明らかに高い。
シモンの仇をとると意気込んで捜査しているが、正直クリストフもまだメルザースに居るとは思っていないだろう。
だからこそ自分たちバルト隊が下手に暴走しないよう街中の捜査をさせている、とバルトは思っている。
どちらにせよ女を見つけなければ進まない。
とりあえず隊舎に戻って部下2人に説明するところからだ。
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