第13話 状況整理と報告
「《糸切り》はまだ見付からんか」
「はい。ここ2日かけて住民に片っ端から数ヶ月以内から見掛けるようになった人間を聞いて回ってはいるんですが……」
「成果なし、か」
「やはり、顔も性別も分からないとなると難しいと言わざるを得ません」
バルトからの報告にクリストフはため息をつく。
シモンの遺体発見から3日目、いまだに成果が挙げられずにいた。
これはバルトが率いる隊だけではない。
他の区域を捜索している隊からも何も有力な情報は上がってきていない。
そしてそれはメルザースのみにとどまらず、辺境伯領全てに言えることでもあった。
あれだけ息巻いたうえに辺境伯軍3万の人海戦術を使ってこれなのだ。
ため息もつきたくなるというものだろう。
「やはり、2択に絞られるな」
「街中に潜伏しているか、既に隣国に逃亡した後か、ですか……」
「既に帝国に渡ったとなれば現状我々では手出しが出来ん。さすがに辺境伯閣下も、敵が帝国に関係する者だという確証でもない限りは上申できんだろう。だが、まだ潜伏していないという可能性もゼロではない。我々は引き続き捜査をすすめるしかあるまい」
クリストフへの報告を終え部屋を後にする。
バルトは、思った以上に捜査が進まないことに焦っていた。
やはり既に逃亡した後なのか。
はっきり言って、軍を、それも国内屈指の規模を誇る辺境伯軍を敵に回すような事をして、まだ潜伏している可能性はかなり低い。
敵がまだここでやり残した仕事でもない限りは、留まる理由などないだろう。
だが、先程クリストフが言ったように潜伏している可能性もゼロではない。
今はその少ない可能性にかけて捜査を進めるしかなかった。
現在バルトが率いる4隊が集まる部屋へ戻ると、エリオとミシェルの2名を除いた4隊の面々が揃っていた。
バルトが戻ったのを見て、イグルが口を開いた。
「バルト隊長、俺達は引き続き住民からの聞き込みに行ってきます」
「ああ。エリオとミシェルは? 」
「2人は既に出ています。……2人ともろくに寝もせずに捜索しています。1度休息をとるように言っているのですが……」
「……言っても聞かんだろうな。2人の気持ちは痛い程よく分かる。俺も、お前達も、気持ちは同じだろ。だがさすがに休ませた方がいいな。俺から言っておく」
「ありがとうございます。2人を見掛けたら1度戻るように伝えます」
「そうしてくれ」
「では」
そう言って部屋から出ていくのを見届け、煙草に火を付ける。
吸って、吐く。
その繰り返しで気持ちを落ち着ける。
焦る気持ちを自覚しているからこそ、冷静に頭を働かせなければならない。
ゆっくりと煙を吐き出し、バルトは現状を整理する。
まず、壁内北西部はこの2日の間で粗方の捜査が終わっている。
聞き込みからここ数ヶ月以内に見るようになった人間がいないかの確認。
その人間を探し出すという地道な捜査。
なによりも根気と体力が必要になるものだ。
そしてその成果は北西部に怪しい人物はいない、という事実。
裏路地まですべて調べた結果だ。
ほぼ間違いないだろう。
次に北東部。
こちらは半分程捜査が進んでいる。
怪しい人物の情報は今のところ出ていないがまだ可能性は残る。
そして南西、南東部。
どちらも進捗は3割ほどと言ったところ。
これでもかなり進んでいると言っていい。
主要な街道が伸びる南門に近いが故に南側には宿や商店が多い。
そのため、当然人の流動も増える。
数ヶ月以内に街に入ってきて滞在している者も当然多くなるだろう。
実際何人か外の人間の情報は得ているが、今のところ全て問題無しと判断されている。
その理由は、最初の事件が行われた大雨が降った2日間、その人間達全てにアリバイがあるという事だ。
みな一様に逗留している宿で時間を潰している。
そこまで考えたところで、手元の煙草を灰皿に押し付ける。
勢いよく扉が開いた。
入ってきたのはエリオとミシェル。
他の者たちからの報告では2人は南西部の捜査に出ていたはずだ。
自らの帰投命令に従って戻ってきたのか、そう思って口を開こうとした瞬間、エリオが大声で報告した。
「南西部で見かけない女と、それに着いていく2人組を見たとの証言がありました!! その女の情報は他でまだ入ってきていません!!」
その言葉にガタリと椅子を蹴倒して立ち上がる。
「本当か!?それで、そいつらは何処にいる!?」
バルトからの声にミシェルが答える。
「南西部にある宿、リッツザックに逗留中です。現在、面識のあるイグルと、一緒にいたベンナーが向かっています」
「何?面識があるだと?」
「はい! 俺達も会っています! シモンの死体を発見した2人組の男です!! 」
バルトの頭が高速で回る。
シモンを見付けた2人組が、今までの捜査線上にいなかった怪しい女と密会していた。
それは、まさか────。
待て、落ち着け、まだ確証がない。
そうと決まったわけではない。
それにシモンの遺体には獣にかじられた痕が残っていた。
解析班によれば死んだのは前日の夜から発見された当日の早朝にかけてだ。
そしてその2人組はその付近で発生した魔獣を狩ってまで報告してくれた。
だが、しかし、いや。
そんな言葉ばかりが浮かぶ。
「……まずは2人から報告を聞く。俺もその宿へ行く。それまでお前達は休んでおけ」
「な、何故ですか!? 俺達も行きます!」
「落ち着け、エリオ。そいつらはたしかに怪しいが、まだそうと決まったわけじゃない。それに、お前達は休んでいなさすぎだ。元々イグル達にはお前らを見掛けたら戻るよう言ってあった。だから、お前達を報告に戻らせたんだろ」
「俺達はまだ動けます! シモンの仇うつまでは休んでられません! 」
「落ち着けと言ったはずだぞ。エリオ、ミシェル、お前達2人は俺達が戻ってくるまで仮眠でもとってろ。これは上官命令だ」
「……了解、しました」
「……了解です」
「お前達の気持ちは十分わかってる。俺も、いや俺達も全員同じ気持ちだ。安心しろ、その2人組がクロだったら、俺が半殺しにして引き摺ってきてやる」
「……はいっ!」
「その時は、俺達にも1発殴らせてくださいよ」
バルトはそれを聞いて、笑いながら後ろ手を振って部屋を出た。
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