第3話 宿と食事
イグルから忠告を受けた2人は静かに歩き出す。
少し歩いたところでタンゴが口を開いた。
「よし!切り替え切り替え!街に戻ってご飯!」
タンゴの明るさで少し重くなった空気が軽くなった。
ラウルもそれを見て笑う。
「そうだな。鳥はザックに渡してなにか作ってもらうか?」
「そうだね、ザックさんになに作ってもらおうかな。香草焼きがいいかな…」
「香草焼きか、それもアリだがトマトとチーズもいいんじゃないか?」
「うわ、それもいいなあ!よし、ザックさんに決めてもらおう!」
「丸投げか?」
「うん!ザックさんの料理ならどっちもおいしいだろうしね」
「それもそうだな」
今日の夜ご飯に何を食べるか。
そんな話をしていたら街へと入る門は目の前だった。
普段よりも街へ入る人の列が長い。
門には通常の門番以外にも軍人がいたが、先程の軍人から話が通っていたのか軽い検問だけで済み、いつも通り署名と通行証を見せる。
2人がここメルザースに滞在し始めてから2週間程が過ぎている。通常の手続きは慣れたものだった。
街の中に入るための門とは誰がいつ通ったのかを記録し、通行証がなければ通ることが出来ない。
通行証は基本、入る前に発行する必要があるが持たずとも入ることが出来る。
だが通行証を持たない者は税としていくらかの金を払わねばならず、また入念な身体検査等が行われる。
ただ身体検査だけでは魔法を使える者を判断できないため、それを判別する魔道具が存在する。
ただしそれが設置されているのは大都市や王都などにしかなくメルザースにはそれが無かった。
魔法を使う魔法士達は国に必ず申請しなければならず、緊急時以外は国から特別な通行証を発行された魔法士のみが街から街への移動が可能となる。
もし魔法士であることを隠匿し街へ入った事が発覚すれば重い刑罰、最悪の場合は極刑が与えられるのだ。
そのため門番を務めるものもまた領軍の人間であり、優れた記憶力や観察眼などが求められる。
検問を終えた2人が街に入ると午後6時を知らせる鐘が鳴った。
メルザースの街は環状の市壁に囲まれた人口1万を誇る都市である。
中心には広場がありそこから東西南北4つの市門に向かって大通りがのびている。
タンゴとラウル2人が入った南門から大通りを進み住宅地区の先、少し入った所にあるのが2人が泊まる宿、リッツザックだ。
リッツザックは主人であり料理人のザックとその妻であるリッツの2人が経営する宿だ。
扉を開けて入ると宿は1階が酒場になっておりカウンターでは女将であるリッツが宿に泊まるであろう客の相手をしている。
夕飯には少し早いからか酒場の席はまばらに埋まる程度だ。
客の対応が終わりリッツがこちらに向くのを見てタンゴが話しかけた。
「ただいま、リッツさん!」
「あら、おかえり。今日はいつもよりおそかったね」
「なんか市門で検問やっててさ、なんでも誰か殺されてその犯人探ししてるみたい」
「それはまた物騒だね。大丈夫だったかい?」
「うん。俺達も軍の人に止められて荷物検査されたんだけど、特になんにも。でもそのせいで帰ってくるの遅れちゃった」
「それは大変だったね。まだ少しはやいけど夕飯にするかい?」
「それなんだけど、鳥3羽とってきたから2羽買取して欲しいんだ。1羽は料理してくれると嬉しいな」
「分かったわ。旦那奥にいるから呼んでくるわね」
そういってカウンターの奥から厨房に入っていくリッツ。
ほどなくしてザックを連れて戻ってきた。
「おうタンゴ。鳥だって?見せてみろ」
「ブラスバードなんだけど」
そういって腰に括り付けられていた鳥を差し出す。
「ほー、これまた綺麗だな。全部頭を1発か?」
「うん。どう?」
「ブラスバードか、そうだな…。1羽あたり銀貨5枚、全部で銀貨15枚ってとこだな」
「おお!じゃあそこから2人分の夕飯代引いてほしいな」
「なら料理代引いて銀貨13枚だな。こいつでうめぇもん作ってやるから待ってろ」
「ありがと!あ、味付けはおまかせで!」
「おう。任せとけ」
それだけ言ってザックは厨房に引っ込んでいった。
「はいよ、銀貨13枚ね」
「ありがと」
リッツから受け取った銀貨を財布にしまって2人は席に着く。
貨幣価値というのは国によって変わるが、どこの国でも銀貨、大銀貨、金貨が使われている。
一般的に使用されるのは大銀貨までで、金貨は王族貴族の資産、または貿易など大金が動く時に使われ、庶民が持つことはない。
この国で銀貨は1枚で2日分の宿代になり、一人分の食事代でも同様に銀貨1枚である。
銀貨13枚とは2人が宿に泊まって食事代を払うと約8日分で消える額だ。
1日で稼いだとすれば多い金額となる。
それはブラスバードという鳥の狩りにくさとタンゴの技量あってのものだった。
席に着いて少しすると徐々に客が増え始め喧騒が広がり周りの客の話し声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか?農夫が一人殺されたって話」
「ああ、なんでも金庫ぶっ壊して中身持ってったらしいな。おっかねぇ」
「それが聞くところによると手と首スッパリ斬られて殺されてたらしいぜ?」
「はあ?なんだそりゃ。強盗するようなやつがわざわざそんな殺し方するかあ?」
「軍に昔からのダチがいるんだが、そいつから聞いた話じゃどうもこの殺し、きなくせぇみたいだぜ」
「そりゃどういうことだよ?ただの強盗じゃねえってことか?」
「ああ。詳しくは教えちゃくれなかったが、どうにもそうらしいぜ」
「まだ殺したやつ捕まってねぇんだろ?嫌だねまったく」
どの席の話題も強盗殺人ばかりだった。
いつもより少し暗い雰囲気の店内。
どうやら普通の強盗ではない事件、捕まっていない殺人犯。
すでに街の噂として広まるには十分すぎる話題であった。
そんな中タンゴが口を開いた。
「…ねぇラウル」
「なんだ?」
「どう思う?」
「…十中八九、裏絡みだろうな。殺し方が不自然すぎる」
「そうだよね…。俺たちの目的と関係あるかな?」
「…まだ情報が少なすぎるな」
「うーん…。じゃあ、明日は狩りお休みだね」
「それが無難だろう」
「面倒なことにならなきゃいいんだけど」
話が一区切りしたところでリッツが頼んでいた料理を運んできた。
「お二人さん、おまちどう。ブラスバードの香草焼きパイ包みだよ!」
「うわぁ!すっごいおいしそう!ありがとう、リッツさん!」
「礼ならザックに言ってやんな」
「うん!そうするよ!」
次の料理を運びに行くリッツを横目に2人して料理に手をつける。
「おいし〜!肉はジューシーだし香草の香りがたまんない!パイ生地はサクサク!」
「…うまいな。やはりザックの料理は最高だ」
「ザックさーん!これめちゃくちゃ美味しいよ!」
タンゴの声に厨房からザックが返す。
「おうよ!自信作だ!」
2人のやり取りを聞いた周りの客も我先にと言わんばかりに注文する。
それを聞いたザックが嬉しい悲鳴をあげ、客達はみな笑う。
先程まで暗い話題だったのが嘘かのように店内は明るくなっていく。
ラウルはこれもタンゴ持ち前の明るさ故だなと思いながら食べ進めた。
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